鹿波の作った餃子は、正直好みではなかった。
具材は豚ひき肉、白菜、ニラといったオーソドックスな餃子ではあったが、これなら母親の作る『貧乏餃子』の方がずっといい。母親は料理はイマイチだったが、餃子だけは絶品だった。豚ひき肉と大量のニラだけを使い、食べると中から強烈なニラが香る。これだけのことなのに、初めて食べたその日から、餃子は僕の中で正真正銘、おふくろの味となった。上京する時にレシピを聞いておいたから、作れるには作れるだろう。そう思うだけに、鹿波の作った餃子がいよいよ好みとは程遠く感じた。第一、焼き餃子なのに焼き目があまりない。皮は市販のものを使っているが、焼けていないヒダのところが粉っぽい。形もどれもがいびつで、具が、頭を打たれたゾンビの脳みそのようにだらしなく飛び散っているものまである。
「どうかしら?」
「うん、美味しいよ」
「そう? よかったわ」
しかし、それは本心だった。鹿波は箸を、ちょうど真ん中よりやや先端に近い方で持った。それで器用に餃子を摘まんで、口へ運ぶ。食べながら何度も頷いて、何かを確かめるような仕草。すかさず、グラスに移されたビールを流し込む。そして少し口角を上にクイッと上げる。この世で一番愛らしい生き物はフェレットだと思っていた僕だけど、鹿波の方が断然愛らしかった。
「俳優科には慣れたかしら?」
「あ、まあ。初っ端の日舞の授業から洗礼を受けたって感じだったよ」
「洗礼?」
「そもそも、日舞なんかやる意味あるのかって思ったんだ。僕がなりたいのは映画俳優だ。東映の役者みたいに、映像一本で食べていきたいんだよ。舞台志望者ならまだわからないでもないけど」
「舞台は嫌いなの?」
「嫌いというか、大袈裟な演技が嫌いだね。全然リアリティーを感じない。僕はリアリティーにこだわりたいし、そういう監督と作品を作っていきたい」
「やりがいないわね」と鹿波は冷蔵庫から2本目のビールを取り出した。
「でもどっちかと言うと、私も映像の方が好きよ」
「やりがいないって言うのは?」
「そりゃそうでしょう? 映像のメイクってナチュラルメイクが多いし。でも舞台は割と派手なメイクも多いし」
そこで僕は初めて、鹿波がメイク専攻だということを知った。



