ホリー・ゴライトリーのような女





鹿波は僕の手を引いて走った。


夜道を照らす街灯を何本も抜けて、コツコツコツとヒールの音が軽快に。


「折れない?」


「大丈夫よ。それに折れてもいいの」


「どうして?」


「だって、このピンヒール、あんまり好きじゃないもの」


鹿波の長い髪が舞うたびに、香水の匂いがふわっと上がって、僕の心をくすぐる。大人の女性のその匂いが、僕を郷愁から引きはがしていく。どんどん引きはがされて、溶けて、アスファルトに落ちると、じゅわっと、蒸発して消えていく。


そんなことには一切気づかない鹿波は、走りながらもどこか心が躍っているように見えた。これから面白いことが待っている。そう期待せずにはいられないほど、伝わってくるものがあった。しっかりと握られた手から伝わる遺伝子レベルの何か。そう、例えば僕たちは遥か昔、太古の時代に出会っていて、悲しい別れ方をして、それでもお互いいつかまた会えると信じて。輪廻転生を繰り返し、繰り返し、やっと今、出会えた。そんなこと全くないとは言えないが、限りなく0に近い可能性。そんな可能性を信じたくなるこれに、人は『運命』という言葉を使ったのだ。ここに至るまでに、いくつもの命を運んできて、届いた箱を開けた時の喜びたるや。想像を絶し、あとはもう感じるだけでよくなった。