〇自宅自室・夜
勉強中、スマホのメッセージ着信音が鳴る。
机の脇に置いたスマホに駿からメッセージが届いたことを示す通知が表示される。
葵(絶対今日のことだよね)
なにを言われるんだろうとドキドキしながら開く。

駿【俺のわがままに付き合ってくれてありがとう】
 【葵にはこれ以上迷惑かけないから】

葵「え……」
思いもよらぬメッセージに思わず声が漏れる。
葵(それって、付き合ってるフリをやめるってこと?)
 (いきなりなんで?)
考えても理由がわからない。
葵(まあ、正直迷惑だったし)
 (今までどおりの生活に戻るだけだし)
ポジティブに考えようとするが、駿と過ごした時間(カフェでわいわい裁判の話をしたり、さりげなく助けてくれたときのこと)を思い出して、ぎゅっとスマホを握りしめる。
葵(……いやいや、今は勉強しなくちゃだから)
返事を返すこともできないまま、無理やり問題集に集中する。

スマホの目覚まし音でハッと我に返り、朝になったことを悟る。
葵(さすがに徹夜で勉強するつもりはなかったのに)
洗面所の鏡の前に立つ葵。
葵(あーあ、ヒドイ顔)
健吾「うっわ、すっごいクマ」
葵の背後から鏡を覗き込む健吾の姿が映る。
葵「ちょ……なんで健吾がこんなとこにいるのよ」
 「っていうか、なんで上半身裸⁉」
健吾「今、うちの風呂壊れててさ」
  「さっきおじさんが新聞取りに出てきたときに、『うちのシャワー使え』って言ってくれたんだよ」
朝トレで汗をかいた健吾がちょっと色っぽくみえてドキッとする。
葵(いやいやドキッってなによ。だいたい年下だし。弟みたいなもんだし)
 「そ、そうだったんだ。それは大変だね。はい、これタオル。シャンプーとかは適当に好きなの使って。それじゃあ、ごゆっく……」
タオルを押し付け、バーッとしゃべってその勢いのまま洗面所をあとにしようとして、健吾に手首を掴まれる。
葵「な、なに?」
健吾の顔が見れない。
健吾「なんか悩んでんのかよ。寝れないくらい」
葵「べ、勉強してただけ。七月に試験だから。それだけだよ」
健吾「アイツのこと?」
葵「だから違うってば」
健吾「ふぅん」※絶対信じてない顔
  「……寝れなくなるくらいなら、とりあえずぶつかってみれば?」
葵「え……」
健吾「じゃ、風呂借りるわ」
パッと手を離す健吾。
葵「う、うん。ごゆっくり」
慌てて洗面所を出て扉を閉める。
葵(わたしにアドバイスしてくれたの?)
 (前はあんなに小さかったのに)
 (いつの間にこんなに大きくなってたんだろ)
手をつないで保育園に登園していた頃の健吾の小さな手を思い出しながら、ついさっき健吾に握られた手首を反対の手でぎゅっと握りしめる葵。

〇講義室(法学部三年生向け講義)・二限
あとから来た駿が、葵から離れたところに座る。
女子生徒1「あの二人、ひょっとしてもう別れたの?」
女子生徒2「さすがに早すぎない?」
ヒソヒソうわさ話をされているのが聞こえてくる。
葵(昨日のメッセ、やっぱりそういう意味だったんだ)
 (……なんかだんだん腹が立ってきたんだけど)
 (なんなの? わたし、なにかした?)

(回想)健吾『寝れなくなるくらいなら、とりあえずぶつかってみれば?』

葵(よしっ)
気合を入れてから荷物を持って立ち上がると、駿の真横まで歩いていく。
葵「駿くん。隣、座っていい?」
驚いた顔を葵に向ける駿。
駿「え……ひょっとして怒ってる?」
葵「怒ってるよ。当たり前だよ。なんでそうやっていつも一方的なの? わたしばっか駿くんの都合に振り回されて」
駿「いや、だからもうそういうのは終わりにしようって……」
葵「だからっ! そうやって勝手に決めないでって言ってるの」
葵をじっと見つめていた駿が、急に笑い出す。
葵「なんで笑うの? わたし、怒ってるんだからね」
駿「いや、葵の怒った顔、はじめて見たなと思ってさ」
そう言いながら、席をひとつ横にずれて葵が座れるようにしてくれる。
葵「試験まであと二ヶ月しかないし」
 「約束通り先生になってもらわなくちゃ困るの」
腰を下ろした葵が駿の方を見ないでぼそぼそと言う。
駿「ひょっとしてそのため?」
葵「悪い?」
さっそくカバンから予備校のテキストを取り出す葵。
葵「この問題なんだけど、解説を読んでもいまいちよくわからなくて」
駿「あー、ここな。ちょっとわかり辛いんだけど——」
いつもと変わらぬ様子の駿に少しだけホッとする葵。

〇資格予備校出口・夜
予備校を出ると、司法試験の参考書を読みながら葵を待つ駿の姿。
女子生徒がチラチラ駿の方を見ながら通りすぎていく。
葵(ほんと、なにやっても絵になる人)
 (っていうか、目立ちすぎで近づけないんだけど)
葵に気付いた駿が参考書を閉じて近づいてくる。
葵「ご、ごめんね。待たせちゃって」
駿「いや、俺も今来たとこだし」
周囲の人に遠巻きにジロジロ見られて居心地が悪い。
そんな中、二人に近づいてくる一人の女。
葵「い、一花先輩」

(回想シーン)新歓コンパで駿に言い寄っていた先輩女子2

一花先輩「ねえ、どうして香月さんはよくて、わたしはダメなの?」※怖い顔
駿がギュッと葵の肩を抱く。
駿「俺が誰と付き合おうが、先輩にとやかく言われる筋合いなくないですか?」
開き直る駿くん。
葵(もうちょっとオブラートに包んで穏便に済まそうとか思わないわけ⁉)
一花先輩「……最後のチャンスなのよ」
顔をうつむかせて絞り出すようにして言う一花先輩。
駿&葵「「へ?」」
一花先輩「今年予備試験に受からなかったら諦めろって親に言われてるの!」
    「だから勉強に専念しようと思って、彼氏とも別れたの」
    「なのに、香月さんだけズルくない?」
    「わたしだって駿くんに勉強教えてほしいのに」
    「たまたま聞いちゃったの。駿くんが予備試験受かったって、須藤さんと松葉教授がしゃべってるの」
葵(一花先輩、駿くんに『遊んで』って迫ってたよね⁉)
一花先輩「あ、あれは見栄に決まってるでしょ」
    「必死に勉強してるなんて、格好悪くて言えるわけないじゃない」
葵の考えていることを読んだかのように言い訳する一花先輩。
駿「そんなこと言われても正直困るんですけど。俺には関係ないっすよね?」
わしゃわしゃと髪をかき混ぜ、困惑した表情を浮かべる駿。
葵「……だったら一花先輩、わたしと一緒に勉強しませんか⁉」
駿&一花先輩「「は?」」
葵「そうすれば、わからないところは駿くんにすぐ聞けるし」
駿「なんでそうなるんだよ」
 「それぞれ事情があるなんて当たり前のことなの」
 「こんなことしてたらキリないんだけど」※うんざりした顔
葵、瞳をウルウルさせ、必死のお願いの表情で駿を見上げる。
駿「あーもう……わかったよ」※ため息
 「俺は自分の彼女の勉強を見るだけ。そこにたまたま先輩も居合わせる。それでいいですか?」
ぱぁぁっと顔を輝かせる葵。
駿(あーもう、ほんっとに)※掌で顔面を覆う
葵のことがかわいくて仕方ない駿。

〇香月家最寄り駅から自宅までの道中・夜
しばらく二人で黙って並んで歩いたあと。
葵「さっきはごめんなさい。迷惑……だったよね」
恐る恐る駿を見上げる葵。
駿「あ、一応自覚あったんだ」
葵「そ、そうだよね。他の人に頼まれても断れなくなっちゃうし」
 「どうしよう。わたし、余計なこと……」
駿「ま、言っちゃったもんはしょうがないし」
 「それに俺、そういう葵だから好きになったんだけど?」
葵「す⁉」
 (いやこれって付き合ってるフリだよね⁉)
駿「だから、loveじゃなくてlikeの意味だって」
 「あれっ、ひょっとしてloveの方を期待してた?」
ニヤニヤしながら葵の顔を覗き込む駿。
葵「べっ……別に期待なんかしてないし」
葵モノ『だってわたしは、駿くんが勉強に集中するための女除けでしかないんだから』
   『そういうわたしだから一緒にいてくれるんでしょ?』
そんなことを考えて、ズキッと胸が痛む。
葵「もうここで大丈夫」
 「あとは走って帰るから」
泣きそうなのを隠して駆けだそうとする葵の腕を、駿がぐいっと引く。
駿の胸に飛び込むような形になった葵は、気づいたら駿に抱きしめられていた。
葵「え、ちょ……どうしたの?」
駿「ごめん……イヤだったら突き飛ばしてくれていいから」
葵「駿、くん……?」
(イヤなわけないよ。だってわたし……)
葵も恐る恐る両手を駿の背中に回す。
葵(loveの方だったらいいのにって思ってるんだもん)

〇自宅・夜
葵「ただいまー」
明かりの灯ったダイニングキッチンの扉に向かって声を掛け、そのまま二階の自室へと向かう葵。
扉を閉め、ぎゅっと両腕で自分の体を抱きしめそのまま扉を背にずるずると座り込む。
駿に抱きしめられた感触がまだ残ってる。
葵(どうして突然抱きしめたりしたの?)
 (ううん、意味なんてないってわかってる。だって、相手は駿くんなんだもん)
 (けど……わたし、自分の気持ちに気付いちゃったんだよ?)
 (あんなことされたら、期待しちゃうじゃない)
葵「駿くん」
名前をつぶやくだけで切なくて苦しい気持ちが押し寄せてくる。
葵(でもこれは、駿くんが勉強に専念するための、ただの取引関係なんだから)
 (だから、本気になったって絶対に叶わない恋なの)
 (だから、絶対にこの気持ちは隠し通さなくちゃいけないの)