「では、一人一人持ち寄った話をそれぞれ語りましょう。まずは、今回個人情報を担当された方から」
「はい」

 司会のような役割を、大人らしい声の持ち主が担当するようだ。そして、最初に菊田紬について話すのは、どうやら幼い声の持ち主のようだった。

「菊田紬、十五歳。誕生日は六月十三日の双子座で、AB型。一年三組の三十五番。父親と母親の三人家族で、猫を一匹飼っている。住所は——」

 何だ、これは。

 佐々木は狼狽え、だんだんと怒りが湧いてきた。

 きっとこの四人組は菊田紬のことを遊び感覚で調べ上げ、それを共有して楽しんでいるのだろう。

 今すぐにでも教室に乗り込み説教をしてやりたい気分だったが、好きな子のことを知りたいという気持ちが佐々木の中に湧いて出てきて、すぐ動くことはできなかった。

「はい、ありがとうございます」

 いつの間にか個人情報の説明が終わっていて、佐々木は落胆しつつも安堵していた。

 もし、菊田紬の住所や電話番号、ありとあらゆる個人情報を知ってしまったら。

 佐々木は自分が何かしでかすのではないかと少し不安に思ったのだ。

「では、次の今回菊田紬の学校生活について調べた方」
「はい」

 依然として司会は変わらず、次話す人が透き通った声の人間に変わった。


「中学は高校と同じく綿吹で、中入生。友達は少ない方だが、_氷谷@こおりたに_という中学時代からの親友がいて、高校入学と同時に清水という男子生徒とも仲が良くなる。容姿端麗で、密かに男子生徒から人気がある。おとなしい性格で成績優秀。特に現代文を得意とする。部活は入っていないが、文学同好会に入っている。委員会は図書委員で、一年ながらも中学の頃からやっていた為副委員長を務める。運動神経の方でもなかなかの成績を博し、柔軟性についてクラスメイトに軟体動物と言われた経験あり。品行方正で指導はおろか注意すらも受けているところを見たことがないと言われている。クラスの中では、静かに本を読む可愛くて頭がいいお淑やかな女の子と一部からは尊敬の目で、一部からは嫉妬の目で見られている。また——」

 清水という男子生徒は佐々木も少し目につけていた。菊田紬に群がる、悪い虫。菊田紬はそれを鬱陶しがるわけではなく、反対に好意を示しているようにも見える行動を多々取っている。

 菊田紬をたぶらかす、愚かな中坊。

 佐々木にとって清水春樹はその程度にしか見えていなかった。

 学力だって中の上、運動神経は女の菊田紬より無い。男らしくない声や見た目で身長も低い。

 敵ではない、自分の有能さに到底及ばない。

 菊田紬はあらかたただの友人か、おちょくっているだけかの二択だと判断していた。

 佐々木は清水春樹の間抜け面を頭に浮かべ、蔑んだ目をして鼻で笑った。

「では、最後。今回菊田紬の過去を調べた方」
「はい」

 佐々木が清水春樹を鼻で笑っている間に菊田紬の学校生活についての話は終わり、過去の話へと移り変わった。

 声は、力強く芯がある声。

 女の声ではあるが、清水春樹よりよっぽど男らしい声だな、と佐々木はまた鼻で笑った。

「菊田紬の過去について調べ、一応色々とありきたりな良い情報は見つかりました。その中で、興味深い情報が」
「それは何です?」

 司会の女が急かすようにそう問いかける。

「菊田紬と関わりがある男性がいないんです」
「いない?」
「はい。文字通り、どこにも」
「どこにもいない? それを証明するのは不可能じゃない?」

 幼なげな、最初に菊田の個人情報を暴いた女が先程よりもずっとくだけた口調でそう疑問を呈す。

 菊田紬と関わりがある男性がいない。

 佐々木にとってもそれは興味深い話だった。だがしかし、見つからない、存在が確定しないならまだしも、いないと言い切られた大分雑なその情報に眉を顰めずにはいられなかった。

 無いものを証明するのは、あると証明することよりも何倍も難しいことである。

「菊田紬は男性とあまり仲を深めないというわけではないのですね?」

 大人びた司会の女がそう問う。

 それを聞き、佐々木はその可能性もあると考えた。

 ただ、この菊田紬の過去を語る女が皆を惹きつけるためにそんなことを口走った可能性も勿論ある。

「はい、そうではありません」
「そうですか……」
「では、どういう訳か、教えてくれませんか?」

 自分の話すべきことを終えてからずっと黙っていた、透き通った声の持ち主は落ち着いた様子で問うた。

「分かりました。まず——」

 簡潔にまとめると。

 まず、菊田紬は数人程度ではあるが、一応男子生徒との関わりがある。否、あった。

 中学一年の頃、二人。中学二年の頃にまた一人。中学三年の頃に一人。そして今、高校一年。

 今の所菊田紬と関わりがある男子生徒は清水春樹の一人。

 その清水春樹を除き、中学時代仲が良かった四人は姿を消している、と言われていた。

 その四人が偶然全員転校や不登校になったとも考えにくい。

 その、姿を消す、という言い方も曖昧だ。

 この綿吹高校から姿を消したのか、この世界から姿を消したのか、色んな意味に捉えられる。

「……はあ」

 佐々木は自分が想いを寄せる生徒にそんな重大な過去があったのか、と驚きそして心配をし、大きなため息をついた。


「質問、よろしいですか?」

 透き通った声の女が落ち着いた様子でそう尋ねる。

「はい、勿論」
「その男子生徒が姿を消した、という点について、姿を消したとはそのままの意味なんですか? それとも、学校からいなくなったか」
「私が知る限りでは、文字通りの意味です。調べましたが、どこにも。ただ、遠方でしたり海外となると分からないので、一概には言えませんが」

 その男子生徒らが消えた理由について考えられる可能性はいくつかある。

 一つ、その四人が偶然何らかの事情でこの学校から姿を消した。

 二つ、菊田紬はこの学校を離れる男子生徒を選り好みして関係を作った。

 三つ、そもそもこの女が捜査不足で男子生徒がまだこの学校にいることを把握していない。

 四つ、菊田紬が男子生徒に転校を促した、またはそうせざるを得ない状況を作った。

 佐々木はいくつかの説を頭に浮かべたが、最後の説はあくまで可能性があるというだけの話で、その可能性の数値は限りなくゼロに近いと考えていた。

 自分が惚れている女が、まさかそんな。

 佐々木はそもそも菊田紬の品行方正な所に惚れた節もある。

 単純な佐々木はそんな可能性、ちっとも考えはしなかった。

 その後の密談は、菊田紬の過去の話といえど、中学時代、密かに小説をネットに投稿していた話だとか、小学校の頃ちょっとした事故に遭った話だとか、そこまで重要性のない話だった。

 事故に遭った話は佐々木にとって気になる点ではあったが、どうやらそこまで大きな事故ではないようで、一度安心した後すぐに興味を逸らした。

「では、本日の密談を終了といたします」

 司会の女が初めの挨拶とが打って変わって大分ラフな言い方で場を締め、この密談はこれにて解散となったようだった。

 ガタガタと椅子か机を動かす音が聞こえる。きっと話す時使っていたのだろう。

「ねえねえ、次はいつにする? それと、誰について調べる?」
「そうねえ、やっぱり菊田紬さん、気になるわよね」
「ええ、二回連続同じ人?」
「いいんじゃないの? 別にきまりはないんだし」
「まあそうだけどさあ」

 幼なげな声の女子は不満げな様子だ。色めかしい声の女が菊田紬について調べたがっているが、佐々木としても菊田紬のことを調べられたくないので、その女子には反対である。

「まああとでメールで話し合えば良いんじゃない?」
「ま、それもそうだね」
「もう遅いし帰りましょ」
「あー、お腹すいた!」

 佐々木に賛成反対の意見があってもこの女達の間に入り意見を言うことは叶わぬことだ。

 どうにかしてやめさせることはできぬものかと苦悩していると、だんだんと佐々木に近づく足音が大きくなってきた。

「やべえ」

 佐々木はバレることがないよう忍び足で、かつ素早くその旧校舎から去っていった。