あれから、ヴィクター殿下の高笑いもおさまり落ち着いたところを見計らって、ノアやレオンと一緒にアグネスとセレーネも退出しようとすると不意にアグネスはヴィクター殿下に声を掛けられた。
「おい、聖女アグネス。気のせいか?お前、雰囲気が変わったか?いまは聖衣を着ていないからそう思うのか?」
その言葉に4人が同時に顔を見合わせた。
全員が全員、魔獣討伐と洞窟の件で余裕がなくすっかり忘れていたが、魔獣との戦いの最中にレオンとアグネスが入れ替わった時は、ヴィクター殿下と一緒にいた中身がレオンのアグネスは聖衣を着ていた。そして、ノアと一緒にいた本物のアグネスは旅装だった。そして、いまアグネスは旅装だ。
「あっ!」
4人同時に思わず声を立てずに笑ってしまう。うっかりしていた。ここまで完璧に隠し通せていたと思っていたのに。
意外に鋭いヴィクター殿下。何事もよく見ているし、記憶力が良い。
彼は決して無能なんかではない。やっぱり彼も「殿下」なのである。
「聖女アグネス様は先ほど、王都に向けて帰還するためにお着替えをされました!」
咄嗟にセレーネが答えた。
「ああ…そうか。俺の気のせいだったのだな」
少し不服そうだが大人しく納得をした。
「——なあ、ノア——」
呼び止められたノアがヴィクター殿下の方を驚くように振り向く。
「『ラス』はうれしかった」
吹っ切れた表情でヴィクター殿下はノアに微笑んだ。外が夜明けで白んできたからなのか、顔に光が差し明るい表情に見える。
ノアも微笑む。
「俺もな。いま『ノア』と呼ばれた」
ふたりは目と目でしばらく見つめ合った。
レオンが合図するかのようにノアの背中を優しく叩く。
ノアは瞳を閉じる。1…2…3秒。
異母兄弟といえど兄弟だった。
これからラスが歩む道は険しい。彼に幸あること願う。
そして、もう振り向くことなく天幕を後にした。
****
「なあ、レオン。ラスは王族派のしがらみに苦しんで理解しがたい行動に出たが、あれはあれであいつなりに国を愛していたんだろうな。女に溺れて馬鹿なフリをずっとして、世間を欺いていたんだろうな。それしかラスには手段がなかったのだろう」
「それでも、たとえ愛があってもやって良いことと悪いことがある。国を売るのは悪手だ。何万の国民の命を預かる者がすることではない。ただ——アグネスを利用しようとして、城を空けてこの討伐に来たことだけは褒めてやる。おかげでいろいろ上手くいったからな」
レオンは馬を操りながら、僅かに口角を上げた。
王都への帰還は怪我をした者が多いため、ノアとレオンは荷馬車を御すことになった。
御者台で朝日を浴びながら、美しい金髪を風に靡かせるレオンは珍しく歌うように祝句を暗唱した。
「お兄様はなんだかご機嫌ですがまだなにか、お考えがあるのですか?」
荷台に揺られていたアグネスが御者台に顔をだす。
「帰ってからのお楽しみだ」
レオンと一緒に荷台から顔を出したセレーネもレオンと一緒に意味ありげに微笑む。
王都への凱旋は沿道に出ている者はほとんどいなかった。
それもそのはず。
王都と王城では異変が起こっており、外出禁止令が発令されていた。
王城に戻ると、武装した往年の貴族派の重鎮たちが揃ってノアの帰りを待ちわびていた。
今までノアを陰から支えてくれた貴族派の各家々の当主たちだ。もちろん、セレーネの父のハンレッド侯爵の姿もある。
「「ランドルフ殿下、お待ちしておりました!」」
次々と笑顔で迎えてくれる恰幅の良い甲冑姿の貴族派の当主たちに唖然とするノアにレオンが背中を押す。
「陛下と王妃が帰城したところを違法薬草の輸出の罪で皆様が力を結集して捕縛してくださった。ベルモント家やこの件に関わった王族派も夜中のうちにすべて捕らえられている。それに故意に魔獣を発生させた罪や、村人たちを殺害にするように命令した罪など、これからますます王族の罪状は増えるだろう」
王城は静まり返り、すっかり貴族派に制圧されているようだった。
「この方が計画案を策定してくださったのだよ。ね、プロフェッサー」
レオンが「プロフェッサー」と声を掛けると、豊かな白いひげと真っ白の長い眉毛と銀縁の丸メガネが印象的なミラン学園長が当主達の列の後ろから出てきた。
「先生!」
ノアが思わず声を上げる。
「お久しぶりでございます。ランドルフ殿下、いえノア」
ミラン学園長とノアはその昔、王城で家庭教師と生徒の関係だった。
「貴方様は私の亡き親友、ラチェット前侯爵の言葉「簡単に死んではいけない。いつか状況が変わる日が来るから、その日まで耐え忍べ」をよく覚えていましたね。」
「もちろんです」
口元を震わせ泣きそそうな表情をしながらもノアは誇らしげに返事をした。
「レオンもよく頑張りました。さすがは冷静で優秀な私の生徒だ。私の亡き親友であり貴方のお父上も空から目を細めておられることでしょう」
プロフェッサーはそう言うと、真っ青に晴れ渡った雲一つない空を指さした。
誰もが一緒に空を眺めながら、その瞳に涙を溜めていた。
「ところでいい雰囲気の中で申し訳ないが、アグネス、ノアの匂いを嗅いでくれないか?」
傍にいたセレーネが変なお願いをしてきた。
「へ?ノアの匂い?」
アグネスが一瞬戸惑っているうちに、セレーネに優しく突き飛ばされ、アグネスはよろけながらノアの胸の中に飛び込む形になった。
「ノア、ごめんなさい。痛かったかしら?」
「良いんだ。アグネスが俺の腕の中にいるのは幸せだよ」
ノアがそう言うと、アグネスの髪に顔を埋めながら力強くアグネスを抱きしめた。
「ノア、ちょ…っと、皆様の目の前で——」
大勢の人の前でノアに抱きしめられた恥ずかしさから、ノアに抗議するが少しも力を緩めてくれない。
「————ノア、汗臭い…」
アグネスのその一言にセレーネは目を見張ると、満面の笑みになった。
アグネスが身をよじって、ようやくノアの腕の中から顔をなんとか出すと、セレーネはすでに興奮状態だった。
「やっぱり!やっぱりそうだったんだ!アグネス喜べ!君は生きているぞ!「死に戻り」は完全に死に戻ったぞ!」
セレーネひとりが興奮しながら、レオンの傍に行くとレオンの手を取った。
「なぁ、レオン。死んでいたら匂いはわからないし、薬物も効かないんだろう?だから、匂いを感じると言うことは生きているということだろう!」
「——そうだ」
レオンは目を細めるとセレーネに取られている手を握り直して、セレーネを自分に引き寄せて、騒ぐセレーネを自分の腕の中に閉じ込めた。
「俺も——セレーネの匂いがわかるぞ。これがセレーネの匂いなんだな」
「レオン——」
セレーネがレオンの腕の中で泣き崩れた。
「まさか——そんなことが」
アグネスはノアの胸に額をつけて泣きながら、女神にこの奇跡の感謝のことばを口にした。
「おい、聖女アグネス。気のせいか?お前、雰囲気が変わったか?いまは聖衣を着ていないからそう思うのか?」
その言葉に4人が同時に顔を見合わせた。
全員が全員、魔獣討伐と洞窟の件で余裕がなくすっかり忘れていたが、魔獣との戦いの最中にレオンとアグネスが入れ替わった時は、ヴィクター殿下と一緒にいた中身がレオンのアグネスは聖衣を着ていた。そして、ノアと一緒にいた本物のアグネスは旅装だった。そして、いまアグネスは旅装だ。
「あっ!」
4人同時に思わず声を立てずに笑ってしまう。うっかりしていた。ここまで完璧に隠し通せていたと思っていたのに。
意外に鋭いヴィクター殿下。何事もよく見ているし、記憶力が良い。
彼は決して無能なんかではない。やっぱり彼も「殿下」なのである。
「聖女アグネス様は先ほど、王都に向けて帰還するためにお着替えをされました!」
咄嗟にセレーネが答えた。
「ああ…そうか。俺の気のせいだったのだな」
少し不服そうだが大人しく納得をした。
「——なあ、ノア——」
呼び止められたノアがヴィクター殿下の方を驚くように振り向く。
「『ラス』はうれしかった」
吹っ切れた表情でヴィクター殿下はノアに微笑んだ。外が夜明けで白んできたからなのか、顔に光が差し明るい表情に見える。
ノアも微笑む。
「俺もな。いま『ノア』と呼ばれた」
ふたりは目と目でしばらく見つめ合った。
レオンが合図するかのようにノアの背中を優しく叩く。
ノアは瞳を閉じる。1…2…3秒。
異母兄弟といえど兄弟だった。
これからラスが歩む道は険しい。彼に幸あること願う。
そして、もう振り向くことなく天幕を後にした。
****
「なあ、レオン。ラスは王族派のしがらみに苦しんで理解しがたい行動に出たが、あれはあれであいつなりに国を愛していたんだろうな。女に溺れて馬鹿なフリをずっとして、世間を欺いていたんだろうな。それしかラスには手段がなかったのだろう」
「それでも、たとえ愛があってもやって良いことと悪いことがある。国を売るのは悪手だ。何万の国民の命を預かる者がすることではない。ただ——アグネスを利用しようとして、城を空けてこの討伐に来たことだけは褒めてやる。おかげでいろいろ上手くいったからな」
レオンは馬を操りながら、僅かに口角を上げた。
王都への帰還は怪我をした者が多いため、ノアとレオンは荷馬車を御すことになった。
御者台で朝日を浴びながら、美しい金髪を風に靡かせるレオンは珍しく歌うように祝句を暗唱した。
「お兄様はなんだかご機嫌ですがまだなにか、お考えがあるのですか?」
荷台に揺られていたアグネスが御者台に顔をだす。
「帰ってからのお楽しみだ」
レオンと一緒に荷台から顔を出したセレーネもレオンと一緒に意味ありげに微笑む。
王都への凱旋は沿道に出ている者はほとんどいなかった。
それもそのはず。
王都と王城では異変が起こっており、外出禁止令が発令されていた。
王城に戻ると、武装した往年の貴族派の重鎮たちが揃ってノアの帰りを待ちわびていた。
今までノアを陰から支えてくれた貴族派の各家々の当主たちだ。もちろん、セレーネの父のハンレッド侯爵の姿もある。
「「ランドルフ殿下、お待ちしておりました!」」
次々と笑顔で迎えてくれる恰幅の良い甲冑姿の貴族派の当主たちに唖然とするノアにレオンが背中を押す。
「陛下と王妃が帰城したところを違法薬草の輸出の罪で皆様が力を結集して捕縛してくださった。ベルモント家やこの件に関わった王族派も夜中のうちにすべて捕らえられている。それに故意に魔獣を発生させた罪や、村人たちを殺害にするように命令した罪など、これからますます王族の罪状は増えるだろう」
王城は静まり返り、すっかり貴族派に制圧されているようだった。
「この方が計画案を策定してくださったのだよ。ね、プロフェッサー」
レオンが「プロフェッサー」と声を掛けると、豊かな白いひげと真っ白の長い眉毛と銀縁の丸メガネが印象的なミラン学園長が当主達の列の後ろから出てきた。
「先生!」
ノアが思わず声を上げる。
「お久しぶりでございます。ランドルフ殿下、いえノア」
ミラン学園長とノアはその昔、王城で家庭教師と生徒の関係だった。
「貴方様は私の亡き親友、ラチェット前侯爵の言葉「簡単に死んではいけない。いつか状況が変わる日が来るから、その日まで耐え忍べ」をよく覚えていましたね。」
「もちろんです」
口元を震わせ泣きそそうな表情をしながらもノアは誇らしげに返事をした。
「レオンもよく頑張りました。さすがは冷静で優秀な私の生徒だ。私の亡き親友であり貴方のお父上も空から目を細めておられることでしょう」
プロフェッサーはそう言うと、真っ青に晴れ渡った雲一つない空を指さした。
誰もが一緒に空を眺めながら、その瞳に涙を溜めていた。
「ところでいい雰囲気の中で申し訳ないが、アグネス、ノアの匂いを嗅いでくれないか?」
傍にいたセレーネが変なお願いをしてきた。
「へ?ノアの匂い?」
アグネスが一瞬戸惑っているうちに、セレーネに優しく突き飛ばされ、アグネスはよろけながらノアの胸の中に飛び込む形になった。
「ノア、ごめんなさい。痛かったかしら?」
「良いんだ。アグネスが俺の腕の中にいるのは幸せだよ」
ノアがそう言うと、アグネスの髪に顔を埋めながら力強くアグネスを抱きしめた。
「ノア、ちょ…っと、皆様の目の前で——」
大勢の人の前でノアに抱きしめられた恥ずかしさから、ノアに抗議するが少しも力を緩めてくれない。
「————ノア、汗臭い…」
アグネスのその一言にセレーネは目を見張ると、満面の笑みになった。
アグネスが身をよじって、ようやくノアの腕の中から顔をなんとか出すと、セレーネはすでに興奮状態だった。
「やっぱり!やっぱりそうだったんだ!アグネス喜べ!君は生きているぞ!「死に戻り」は完全に死に戻ったぞ!」
セレーネひとりが興奮しながら、レオンの傍に行くとレオンの手を取った。
「なぁ、レオン。死んでいたら匂いはわからないし、薬物も効かないんだろう?だから、匂いを感じると言うことは生きているということだろう!」
「——そうだ」
レオンは目を細めるとセレーネに取られている手を握り直して、セレーネを自分に引き寄せて、騒ぐセレーネを自分の腕の中に閉じ込めた。
「俺も——セレーネの匂いがわかるぞ。これがセレーネの匂いなんだな」
「レオン——」
セレーネがレオンの腕の中で泣き崩れた。
「まさか——そんなことが」
アグネスはノアの胸に額をつけて泣きながら、女神にこの奇跡の感謝のことばを口にした。
