「レオン、涙が溢れているぞ」
セレーネがハンカチを取り出し、レオンの頬を伝う幾筋もの涙を大切なものに触れるようにそっと拭う。
「これがアグネスの光魔法なんだな。アグネスの心のように清らかで綺麗だ。空気が浄化されたのがわかる。しかしなぜ、アグネスは急に光魔法が使えるようになったんだ?レオンは理由がわかっているのか?」
レオンが顔いっぱいに笑みをたたえた。
「ああ、そのとおりだ。アグネスがようやく自信を取り戻し、自分を信じられるようなったから、他人を癒せる魔法が使えるようになったんだ。自分を大切に出来なければ、他人を癒すことなど出来ない。いままでは願いを言うだけで自ら行動しなかったアグネスだが、いまは違う。アグネスは自分の人生を自ら歩んでいけるようになったんだ」
いままでで1番明るい表情をレオンはしている。
ノアとアグネスも手を強く握り合ったまま、レオンとセレーネの話しを聞いている。
「なぁ、レオン。レオンと女神様の本当の契約は「アグネス(が自ら)の幸せ(を掴む)」だったのか?」
レオンはセレーネに目配せすると、わずかに口角を上げた。セレーネはなにかスッっと腑に落ちたものがあった。
「ま、いいか」
セレーネもまたレオンと一緒に天を仰いだ。
そして、ノアは黙ってアグネスを抱きしめ、「ありがとう」と耳元で呟いた。
「———あの…ノア。これが「死臭」というものなの?」
アグネスがノアの胸元でとても小さな声で聞いてくると、とても辛そうにしている。
「刺激が強くて——」
それ以上、喋るのも辛いのだろう。アグネスは手で鼻と口を覆うとそれ以上、喋ることができないようだった。
その隣でレオンも血相を変えて、慌てて口と鼻を手で押さえて、目を白黒させている。
聞かれたノアは「うん」と言ったまま、ふたりの状況がよく飲み込めないようだったが、セレーネにはすぐにわかった。
「アグネス、この匂いがわかるのか?」
青い顔をしたアグネスは苦笑いを浮かべると、セレーネに向かって縋るような瞳で大きく頷いた。そして、ハッとなにかに気づいたようだった。
辺りをキョロキョロと見回して、騎士達が後ろで唖然と空を見上げているのを見つけると大きな声で声を掛けた。
「いまからこのご遺体をこれからも雨や風を凌げるように、洞窟に埋葬してもよいでしょうか?皆さまも一緒にお祈りをして弔って頂けるとうれしいです。記録係の方も良いでしょうか?」
討伐には戦績を公平に期すために記録を取る係がある。
いまは魔獣を惹きつけるために殺害され、洞窟の入り口に置かれた死体の記録や、洞窟の様子の記録を取るために野営地から一緒に同行していた。
記録をほぼつけ終わっていたのだろう。記録係が副団長から了承を得ると、アグネスに両手を上げて大きく◯を作った。
「では皆さま、一緒にお祈りをお願いします!」
野太い「おう!」という声とともに死体の山の前まで来ると、ガチャガチャと剣を腰に刺したり、盾を地面に置いたり音がする。
ノアもレオンもセレーネも手にしていた剣を地面に並べた。
アグネスはみんなが準備出来たことを確認すると、ひとり地面に跪き両手を握り合わせた。
するとノアも一緒に跪き、死体の山に頭を下げた。
「私の身内が皆様の大切な人生を私利私欲のために奪ったことをお詫びいたします。必ず、このようなことが二度と起こらない世界を作っていくとお約束いたします。本当に申し訳ありませんでした。どうぞ安らかにお眠りください」
ノアはひとりひとりのご遺体に言葉が届くように一語一語に想いを込めて話す。
そしてアグネスの祈りは女神への感謝の言葉に続き、この多くの死者達が尊い生を生き抜き、いまから天へ召されること、女神に導いて欲しいことを祈る。
そしてアグネスは立ち上がると、空に向けて両手を広げ、呪文を唱えた。
「レクウィエスカト イン パーケ」
(死者よ 安らかにお眠りください)
死体の山から白い煙のようなものが幾筋も天に向かってゆらゆらと静かに昇っていく。そして、スゥーと月と星の明かりの中に消えていく。
最後のひと筋が消えていくまで誰もが静粛に見送った。
ノアはずっと頭を下げたままだった。
続いてアグネスは洞窟の入り口に向かってゆっくり歩き、洞窟の中に入って行った。
しゃがみ込むと地面に手のひらをつけて、心を込めて呪文を唱えた。
「スペランカ ソムヌス カウウス」
(洞窟に眠りのベッドを)
次々と、人間が入るだけの穴が奥の方に向かっていくつも出来ていく。アグネスはその様子を両手を握り合わせ祈り続けた。
そのあとはここに来ていた全員でご遺体をひとつひとつ丁寧に埋葬し、最後にアグネスが大きな石で洞窟の入り口を塞ぎ、一同はもう一度祈ると洞窟を後にした。
異界と現世を繋いでいた空間を閉じ、もう魔獣が大量に発生する心配もなくなり、これで討伐は成功となったのにも関わらず、誰もが口数少なく隊列を乱すことなくザッザッと歩く音だけを辺りに響かせ野営地に戻った。
******
野営地に戻ると、ひとつの天幕を囲って騒ぎになっていた。
その天幕にはヴィクター殿下を軟禁していたが、どうやらヴィクター殿下がアグネスに合わせろと騒ぎ出したことが発端だったらしい。
対応に困り果てていた上官がアグネスが戻るなりすぐに呼びに来た。
「ヴィクター殿下が聖女アグネス様をお呼びなのですが、興奮されてまして手がつけられない状態なのですが…」
ノアやレオン・セレーネと一緒にいたアグネスは皆と顔を見合わせた。
本来ならば、未来で自分を殺した相手に会いたくはない。薄れゆく意識ではっきりと見たヴィクター殿下の薄気味悪い笑いを浮かべている表情が脳裏をかすめる。
しかし、死に戻ってからは一度も会っていない婚約者。逃げていてもなにも前には進まない。
大聖堂や王城の部屋に大人しく幽閉されていた、自尊心や自己肯定感に乏しい以前の自分とは違う。
「わかりました。案内していただけますか」
「——アグネス、良いのか?傷つけられるかも知れないぞ」
ノアはヴィクター殿下から怒りの矛先をアグネスに向けられるのではと、懸念しているようだった。
「大丈夫よ。いつか会わないといけない人だったから」
「わかった。もちろん俺も一緒に行く。ラスといつか向き合わないといけなかったのは俺も同じだ」
レオンとセレーネは苦笑いしながら、「散々煽った責任を取る」と言って、一緒に来るとふたりも言い出した。
結局、息つく間もなく4人全員で急いで、ヴィクター殿下が暴れる天幕に向かうのだった。
セレーネがハンカチを取り出し、レオンの頬を伝う幾筋もの涙を大切なものに触れるようにそっと拭う。
「これがアグネスの光魔法なんだな。アグネスの心のように清らかで綺麗だ。空気が浄化されたのがわかる。しかしなぜ、アグネスは急に光魔法が使えるようになったんだ?レオンは理由がわかっているのか?」
レオンが顔いっぱいに笑みをたたえた。
「ああ、そのとおりだ。アグネスがようやく自信を取り戻し、自分を信じられるようなったから、他人を癒せる魔法が使えるようになったんだ。自分を大切に出来なければ、他人を癒すことなど出来ない。いままでは願いを言うだけで自ら行動しなかったアグネスだが、いまは違う。アグネスは自分の人生を自ら歩んでいけるようになったんだ」
いままでで1番明るい表情をレオンはしている。
ノアとアグネスも手を強く握り合ったまま、レオンとセレーネの話しを聞いている。
「なぁ、レオン。レオンと女神様の本当の契約は「アグネス(が自ら)の幸せ(を掴む)」だったのか?」
レオンはセレーネに目配せすると、わずかに口角を上げた。セレーネはなにかスッっと腑に落ちたものがあった。
「ま、いいか」
セレーネもまたレオンと一緒に天を仰いだ。
そして、ノアは黙ってアグネスを抱きしめ、「ありがとう」と耳元で呟いた。
「———あの…ノア。これが「死臭」というものなの?」
アグネスがノアの胸元でとても小さな声で聞いてくると、とても辛そうにしている。
「刺激が強くて——」
それ以上、喋るのも辛いのだろう。アグネスは手で鼻と口を覆うとそれ以上、喋ることができないようだった。
その隣でレオンも血相を変えて、慌てて口と鼻を手で押さえて、目を白黒させている。
聞かれたノアは「うん」と言ったまま、ふたりの状況がよく飲み込めないようだったが、セレーネにはすぐにわかった。
「アグネス、この匂いがわかるのか?」
青い顔をしたアグネスは苦笑いを浮かべると、セレーネに向かって縋るような瞳で大きく頷いた。そして、ハッとなにかに気づいたようだった。
辺りをキョロキョロと見回して、騎士達が後ろで唖然と空を見上げているのを見つけると大きな声で声を掛けた。
「いまからこのご遺体をこれからも雨や風を凌げるように、洞窟に埋葬してもよいでしょうか?皆さまも一緒にお祈りをして弔って頂けるとうれしいです。記録係の方も良いでしょうか?」
討伐には戦績を公平に期すために記録を取る係がある。
いまは魔獣を惹きつけるために殺害され、洞窟の入り口に置かれた死体の記録や、洞窟の様子の記録を取るために野営地から一緒に同行していた。
記録をほぼつけ終わっていたのだろう。記録係が副団長から了承を得ると、アグネスに両手を上げて大きく◯を作った。
「では皆さま、一緒にお祈りをお願いします!」
野太い「おう!」という声とともに死体の山の前まで来ると、ガチャガチャと剣を腰に刺したり、盾を地面に置いたり音がする。
ノアもレオンもセレーネも手にしていた剣を地面に並べた。
アグネスはみんなが準備出来たことを確認すると、ひとり地面に跪き両手を握り合わせた。
するとノアも一緒に跪き、死体の山に頭を下げた。
「私の身内が皆様の大切な人生を私利私欲のために奪ったことをお詫びいたします。必ず、このようなことが二度と起こらない世界を作っていくとお約束いたします。本当に申し訳ありませんでした。どうぞ安らかにお眠りください」
ノアはひとりひとりのご遺体に言葉が届くように一語一語に想いを込めて話す。
そしてアグネスの祈りは女神への感謝の言葉に続き、この多くの死者達が尊い生を生き抜き、いまから天へ召されること、女神に導いて欲しいことを祈る。
そしてアグネスは立ち上がると、空に向けて両手を広げ、呪文を唱えた。
「レクウィエスカト イン パーケ」
(死者よ 安らかにお眠りください)
死体の山から白い煙のようなものが幾筋も天に向かってゆらゆらと静かに昇っていく。そして、スゥーと月と星の明かりの中に消えていく。
最後のひと筋が消えていくまで誰もが静粛に見送った。
ノアはずっと頭を下げたままだった。
続いてアグネスは洞窟の入り口に向かってゆっくり歩き、洞窟の中に入って行った。
しゃがみ込むと地面に手のひらをつけて、心を込めて呪文を唱えた。
「スペランカ ソムヌス カウウス」
(洞窟に眠りのベッドを)
次々と、人間が入るだけの穴が奥の方に向かっていくつも出来ていく。アグネスはその様子を両手を握り合わせ祈り続けた。
そのあとはここに来ていた全員でご遺体をひとつひとつ丁寧に埋葬し、最後にアグネスが大きな石で洞窟の入り口を塞ぎ、一同はもう一度祈ると洞窟を後にした。
異界と現世を繋いでいた空間を閉じ、もう魔獣が大量に発生する心配もなくなり、これで討伐は成功となったのにも関わらず、誰もが口数少なく隊列を乱すことなくザッザッと歩く音だけを辺りに響かせ野営地に戻った。
******
野営地に戻ると、ひとつの天幕を囲って騒ぎになっていた。
その天幕にはヴィクター殿下を軟禁していたが、どうやらヴィクター殿下がアグネスに合わせろと騒ぎ出したことが発端だったらしい。
対応に困り果てていた上官がアグネスが戻るなりすぐに呼びに来た。
「ヴィクター殿下が聖女アグネス様をお呼びなのですが、興奮されてまして手がつけられない状態なのですが…」
ノアやレオン・セレーネと一緒にいたアグネスは皆と顔を見合わせた。
本来ならば、未来で自分を殺した相手に会いたくはない。薄れゆく意識ではっきりと見たヴィクター殿下の薄気味悪い笑いを浮かべている表情が脳裏をかすめる。
しかし、死に戻ってからは一度も会っていない婚約者。逃げていてもなにも前には進まない。
大聖堂や王城の部屋に大人しく幽閉されていた、自尊心や自己肯定感に乏しい以前の自分とは違う。
「わかりました。案内していただけますか」
「——アグネス、良いのか?傷つけられるかも知れないぞ」
ノアはヴィクター殿下から怒りの矛先をアグネスに向けられるのではと、懸念しているようだった。
「大丈夫よ。いつか会わないといけない人だったから」
「わかった。もちろん俺も一緒に行く。ラスといつか向き合わないといけなかったのは俺も同じだ」
レオンとセレーネは苦笑いしながら、「散々煽った責任を取る」と言って、一緒に来るとふたりも言い出した。
結局、息つく間もなく4人全員で急いで、ヴィクター殿下が暴れる天幕に向かうのだった。
