死に戻り聖女は兄の願いを叶えたい〜気づいていないけど、無償の愛に包まれています〜

「副団長まで一緒に来ていただいてすみません」
「俺も疑問を持っていたところだったんだ。なぜ急に魔獣が湧くように出現するのかと」
 他に一緒に捜索に当たる騎士達も一様に頷く。
「気になっていることがあるので助かります。このままだとまた魔獣が発生して同じことの繰り返しになるのではないかと考えたのです」
「ランドルフ殿下はやっぱり…っと…ノア、そんな顔をするな」
 副団長がノアのことを正式な殿下名で呼ぶと、ノアは少し眉尻を下げて、困惑した表情を副団長に向けた。
「今はノアで。騎士のノアです」
 そんな様子のノアを副団長は愛しい我が子を見るような目で見て、目を細めた。
 
 騎士団にラチェット侯爵家のレオンの従者として、レオンと共に入団してきたノア。素性は上司からそれとなく聞いていたが王族とは思えないほどその頃は細く青白い顔の大人しい少年だった。
 特別扱いをされることもなく厳しい訓練にもよく耐え、それに経費関係の仕事を任されるぐらい頭脳明晰で優秀だ。
 今回の討伐で感じたのは、ノアは冷静に一つの出来事を多角的に捉え本質を見抜く力があり、勇気のある青年になったということだ。
 もちろん剣の腕も確かで、ラチェット侯爵家のレオンと共に「黒の王子」「白の王子」と呼ばれ、ふたりともラチェット侯爵家の息女アグネスのために聖騎士を目指していると聞き及んでいた。
 ノアの制服の着こなしの抜け感は気になるところだが、いまの自分の置かれた環境への反骨精神の表れだろう。
 しかしこの1週間ほどでどのような心境の変化があった(聖女アグネスと恋仲になったからなのか?)のか、長かった髪をばっさり切って整え、いまや未来の王太子の資質としても見た目も十二分だ。
 そんなノアが、やっと終わったと思っていた魔獣討伐はまだ終わってはいないと、団長と自分に進言してきた。
 普段は何事も遠巻きに成り行きを見守るだけのノアの行動に少し驚いたが、確固たる根拠があるのだろう。
 
「ノアは魔獣について何かを知っているのか?」
 そう聞くと、ノアは堰を切ったように話し出した。
「魔獣の発生について、祖父から秘匿しておくべきことで絶対に実行してはならないことがあると聞いていますが、今回はそれを実行してしまったのだろうと確信しています。現世と異界が繋がりやすくなる場所に魔物を惹きつける何かがあり、そこから魔獣が発生しているのではないかと。今回は誰かが悪意を持ってその秘匿すべきことを実行したのだと私は考えています」
 
 ノアが話す祖父とは前陛下だろう。
 副団長は在りし日の前陛下の姿を偲んだ。
 自分がまだ若く入団して間もない頃に、確かに幼いノアとヴィクター殿下のおふたりを連れておられたところを見たことがある。
 威圧感が凄い方だったが、穏やかで優しい方であり、博識な方だった記憶している。
 現陛下は侯爵家の娘を側妃から正妃にして、すっかり正妃に洗脳されて王族派の傀儡だ。
 こんな非常事態の時でも、全てを騎士団に任せっきりで離宮から帰って来ない。遊興にふけ、国政にあまり関心がないのだろう。
 だから、ヴィクター殿下もそんな親の姿を見て、あんな残念な感じになってしまったのだろうか。
 ノアは魔獣の発生以外にもこの異常な王家の状態に疑問を抱き、危惧しているのだろう。このままではいつかこの国は魔獣や他国に滅ぼされてしまう。
 
「もしかして、その悪意を持っているのは誰なのか、ノアは見当がついているか?確信に変わった時は説明してくれるか?」
「副団長、もちろんです」
 ノアを大きく頷いた。
 
 月明かりしかない山道をノアの横ではレオンがノアを守るように側を歩くが、なにかを感じたのか鼻をくんくんとさせる。。
 他の騎士達も漂ってくる臭いを感じ取ったようだった。

「この臭いはなんだ。それにしても酷い臭いだな」
 副団長も思わず手で鼻を覆ってしまうぐらいの悪臭だ。
 でもここにいる全員が騎士という職業上、その臭いに心当たりがある。

「多くの人間の死臭がするな」
 誰かがポツリと言った。
 夜の森では月明かりと、持ってきたランプの灯だけが頼りだ。耳を澄ませば、虫の音と風の音だけの世界のはずなのに、なぜかジメッとして空気が淀んでいるのを肌で感じてしまう。
 そして、夜よりも真っ黒な場所が見えてきた。それは洞窟だった。


 洞窟の入り口付近に人間の死体が山のように乱雑に積まれて強烈な悪臭を放っていた。騎士達は誰もが鼻や口を手や布で覆い、目と目だけで合図し合い無言でそれに近寄る。
 暗くてよく見えないが目を逸らしたくなるような光景だ。

「これは酷い…」誰もがその言葉を発すると、積まれた死体の山を前に言葉を失った。
 少ない明かりではよく見えないが、小さな体のものもある。

「衣服の様子から、この近くの村の者かもしれないな。魔獣が出現し、避難をしたとばかり思っていたがまさかこんなことになっているとは」
 皆が少し遠巻きにしている中、レオンだけは臭いを感じないかのようにその死体の山にかなり近寄り考察を述べ、そしてその辺りを確認するかのように歩き回る。
「この地域の領主は誰だ?」
 副団長が渋い顔をしながら、その場にいる者に問うた。
「ベルモント家です」
「ベルモント家だと!」
 副団長が自分の手で鼻と口を覆っていたことを忘れ、思わず手を離し大声を上げた。
 死体の周りをうろうろと偵察しているレオンと目が合う。
 すると、レオンはこの事態を知っていたかのように、静かに口元だけをわずかに緩ませた。

 先日、レオンから大聖堂で行われている違法薬物の栽培と違法取引の情報提供を受け、王族派には秘密裏に貴族派の騎士と密偵部隊を向かわせたところだ。
 その事件にベルモント家が関わっていると、魔獣討伐に出る寸前に戻ってきた密偵から報告を受けたばかりだ。
 レオンは一体どこまで知っているんだ。

「ノア、これを見て、「確信」は持てたか?お前の見解を聞かせてほしい。魔物を惹きつけるなにかというのは、この死体なのか?」