死に戻り聖女は兄の願いを叶えたい〜気づいていないけど、無償の愛に包まれています〜

隣にいたレオンが静かにノアの肩を軽く叩いた。
「ノアは気づいたんだろう。自分が果たさなければならない役割があることに。そして、ノアもよく知ってのとおり騎士団の絆は固い。それに応えないのか?」
 ノアはじっとレオンを見つめ、レオンの言葉を最後まで黙って聞いていた。
 ほんの僅かの時間、ノアは目を閉じて考えを巡らせたようだったが、すぐに決意を固めたのだろう。騎士団長と副団長に真っ直ぐに向き合った。

「ありがとうございます。お申し出をありがたくお受けします。そして、何より騎士団の皆を私が守ります」
 その姿は凛として、堂々とした振る舞いだった。
 
 アグネスはノアの傍で事の成り行きを見守りながら、自分が死に戻った時に初めて会ったノアの姿を思い出していた。
 騎士服のシャツを着崩し、長く伸びた黒髪も無造作に纏めているだけの荒くれ者のような風貌だったが、今はその想像すらつかないぐらい、殿下然としている。
 横で見惚れていると、兄であるレオンが意味ありげな笑みをアグネスにし、ノアに面と向かった。
 
「ランドルフ・ノア・ネーデルラント第一殿下。貴族派筆頭でありますラチェット家も引き続き、殿下をお支えいたします」
 レオンも力強く宣誓すると、ノアに忠誠を誓うため右膝をつき頭を下げ跪いた。それに合わせて、セレーネも一緒に跪く。
 ノアはさすがに身内のようなふたりにも跪かれたのには驚いた様子で一瞬、目を見開き息を呑んだが、他の者達に動揺を悟られないようにすぐに口角を引き上げた。
「レオンもセレーネもありがとう。これからも親友としても家族としても共に一緒にいてくれるとうれしい」
 少し照れたようにノアがそう言うと、傍にいたアグネスを甘く見つめて、腰を抱き寄せた。

「家族?ノア、いま家族と言ったよな?それは待て!俺はアグネスの願いを叶えたいし、幸せを願っているが、まだアグネスは書類上はヴィクター殿下の婚約者だ!それに兄である俺はまだノアとアグネスの仲を認めていないっ!ええいっ!ノア!アグネスの腰から手を離せぃ!」
 レオンは跪いていたのにすぐに立ち上がると、ノアとアグネスの間に割って入って、ふたりを引き剥がそうとする。
「えっ?いまさら?」
 ノアが思いっきり破顔一笑した。
 その横でセレーネが「ノアに出し抜かれたな」と大笑いしている。
「お前ら、戦いでは大それたことをしているのに、基本はなにも変わっていないな」
 騎士団長も大笑いすると、他の者達も我慢出来なかったのだろう。大笑いしだした。
 口々に「ノア、がんばれ!」「レオン、ノアを困らしてやれ!」「いつの間に聖女と良い仲になったんだ!」「ずるいぞ!ノア!」などと皆も囃し立てて、その場は一瞬のうちに笑いの渦に包まれたのだった。


 魔獣との戦いが終わり、一同が安堵したのも束の間で気づけば辺りはどっぷり日が暮れ、夜になっていた。
 野営地はめちゃめちゃになったが、レオンやアグネスの死に戻る前と違って死者は出なかった。しかし、重傷者は多数いる。
 少しも怪我をしていないのはヴィクター殿下のみと言っても過言ではない状況だった。
 騎士達の体力や、魔獣がまだいる可能性も考慮し、王都への帰還は夜の移動は避け、明日の夜明けを待って出発となった。

 魔獣の処理や片付けもあらかた終わり、ようやく野営地も落ち着きを取り戻しつつあった。
 アグネスとセレーネは負傷者の手当を手伝い、ノアとレオンは他に魔獣がいないか、捜索に当たっている。
 
 水魔法を使えるアグネスは、負傷者達の傷を洗浄する役目を担うが、自分が治癒ができる光魔法だけが出来ないことをこれほど悔やんだことはあっただろうか。
 アグネスはセレーネとふたりきりになったことを確認すると、一息ため息をついた。
「今日みたいな日にわたしが光魔法を使えたらって、今日ほど強く思ったことはないわ。これじゃあ、聖女失格よね」
 アグネスは隣で包帯を片付けていたセレーネに本音を溢す。
「これから練習したら良いじゃないか?」
 セレーネは今後はアグネスは大聖堂に帰らず、ラチェット家でアグネスが願っていた、「普通の女の子」の生活が出来ると信じて疑わない。
 そのためにレオンは学園にまで行って、手続きもしてきたのだから。
 
「———そうね」
 アグネスは歯切れ悪く返事をすると、悲しげに微笑みすぐにもの思いにふけるかのように、考え込んだ。
 (明日は6日目。あと2日で女神様と約束の1週間だわ。その時、わたしは天に召される。いまわたしに出来る精一杯のことをして、この世を去りたいのに)

 セレーネは、浮かない顔でもの思いふけるそんなアグネスの様子をじっと見る。
 本来なら、アグネスはノアと両思いになったのだから、もっと浮かれていても良いはずなのにどこか苦しそうなのだ。
「ねぇ、アグネス。誰にも言えないことがまだあるんじゃないのか?レオンにもノアにも言えないなにかが?良かったら、私に話してみないか?秘密は守るぞ」
「えっ…その、でも…あの…」
 アグネスの青色の瞳がセレーネを見つめながら揺れる。
 その先の紡ぐ言葉に迷っているのが見てとれる。
 もうひと押しだと思ったセレーネはアグネスの手を取った。
「私はアグネスの義姉だぞ。妹が困っていたら助けたいじゃないか」

 

 ノアとレオンは他に魔獣がいないか捜索を———
 いや、魔物を惹きつける何かがある現世と異界が繋がっている場所を探そうとしていた。
 ノアがレオンに感じた異変を伝えたからだ。