死に戻り聖女は兄の願いを叶えたい〜気づいていないけど、無償の愛に包まれています〜

もう整列している騎士もいなくなり、みなそれぞれの天幕に戻り、魔獣の血や土がついた剣を手入れしたり、夜の当番が交代に出て行ったりと、それぞれが動きだした。
 ただ、レオンの姿をしたアグネスだけは微動だにしない。

「アグネス?」
 ヴィクター殿下と聖女アグネスとそして、それに付き添うセレーネのいる天幕の方を見たまま、レオンの姿をしたアグネスは立ち尽くしたままだ。
 

「お兄様もやはり死に戻ったのですね」
 レオンの姿をしたアグネスが独り言のように言葉を漏らした。
 
「……予想はしていた」
 アグネスにどう返事をしようか一瞬ノアは迷ったが、正直に答えた。いまさら、アグネスに隠すことはない。
「セレーネ嬢はお兄様が死に戻っていると考えて休暇のあの日、わたしには少し遠くに出かけるとおっしゃっていらっしゃたけど、おひとりで大聖堂にお兄様を迎えに行かれたのですね」
「そうだ」
 ノアは言い切った。
 レオンの姿をしたアグネスは、いま自分がレオンの姿をしていることを忘れているかのように、アグネスの時の口調に戻っている。
「あの大聖堂にひとりでですよ?あの……絶対の監視下の……セレーネ嬢が危険過ぎるわ」
 レオン姿のアグネスは額に手を当て、その無謀さに顔をしかめた。

(セレーネ嬢とノアはわたしの幸せのためにこのことは秘密で。そしてお兄様のためにセレーネ嬢はひとりで行かれた。セレーネ嬢はお兄様を深く愛しておられるのね)
 
「でも、危険過ぎる…のよ。ひとりだなんて。あそこには……今後のセレーネ嬢の身が危険だわ……」
 繰り返し危険だ危険だと言うアグネスにとって、大聖堂という場所はそんなに恐ろしく、外に出ることなど考えられないことなのだろう。

「アグネス、よく聞いて、それでもふたりはここまで無事に来た。それが全てだ。あのふたりは決して弱くない」
 力強いノアの言葉を聞いたアグネスは、はっと顔を上げノアの方を向いた。
「そうね。お兄様とセレーネ様だもの。わたしとは違う。でもなぜお兄様がここに……」

 ノアは深呼吸をし、ゆっくりアグネスに伝える。
 「間違いなく「アグネスの願い」ためだろうな。それしかないだろう」
 まっすぐにレオン姿のアグネスの瞳を見て、優しく口角を上げた。

 (レオンのことだ。考えなしでこんなところには来ない。策があるのだろう)

「わたしの願い……」
「そう、アグネスの願い。アグネスがレオンの願いを叶えるように、レオンもまたアグネスの願いを叶えようとしているのではないか?」
「……お兄……様」

(お兄様も女神様とわたしと同じような契約をしたと考えるべきということね。あのヴィクター殿下の傍にいるという危険を冒してまでわたしの願いなんて叶えなくていいのに。これ以上、お兄様とセレーネ嬢に危険なことはさせられないわ。あのヴィクター殿下の傍にいるだけでも危険だわ。早くお兄様と入れ替わらなくては)

「ノア、急いでお兄様とセレーネ嬢のところに行きましょう」
 少しの間、黙ってなにかを考えていたアグネスはきっとろくでもないことを考えている。
「そうだな。でも言っておく。アグネスがレオンとの入れ替わりをいますぐにしようと考えているなら、その考えは支持できない。入れ替わるならまずはレオンとセレーネ嬢の話を聞いてからだ。あいつらは策があるからここまできたはずだ」
「そ……そうね。そうよね。ノアの言う通りだわ」
「わかってもらえてよかったよ」
 ノアは苦笑いしながら、レオンの姿をしたアグネスの背中をポンと叩いた。

「なぁ、レオンは婚約者のセレーネ嬢にいますぐに会いに行かなくて良いのか?行かなかったら、冷たい奴だとセレーネ嬢に怒られるぞ」
 そのノアの表情はとても悪い顔をしながら笑顔だ。その顔から、レオンの姿をしたアグネスにレオンのフリに戻せと言っているかのように。
「そうね……だな。セレーネ嬢……セレーネに会いに行かなくては。怒られるのはごめんだ」
 レオンの姿をしたアグネスは、気持ちを切り替えてレオンに似せようとしながらも、自分で可笑しくなってきてノアに笑いながら応える。
「ふたりのところに行こう」
「はい」
 
 ふたりは足早にレオンとセレーネが奮闘しているであろう天幕を目指して歩きだした。

 ほどなく、ヴィクター殿下と聖女アグネスの天幕の近くに来て、物陰から天幕の様子を窺う。
 当たり前だが聖騎士の厳重な護衛でアグネスの姿をしたレオンはもちろんセレーネにすら近寄ることはできない。

「ノア、どうしようか?」
「ここはレオンが聖女アグネスの兄であること、セレーネ嬢の婚約者であることを最大限利用させてもらおうじゃないか。残念ながら死んだことになっている俺はあいつに見つかるとややこしいから近寄ることができない」
 ノアは苦笑いを浮かべた。
「ヴィクター殿下とは仲が悪かったの?」
「式典などで顔を合わせるぐらいで異母兄弟と言っても希薄な関係だ。接触が少なすぎて仲が悪くなりようがなかった。ただ、ずっと悪意は向けられていたと思う」
 ノアは少しだけ悲しそうに遠い目をした。
「なぜ?」
「さあな。昔は俺が第一であいつが第二だったからかな」
 レオンの姿をしたアグネスはそれ以上は聞くことを止めた。ノアはきっとその時のことはこれ以上話したくないはずだ。

「そうだったのね。変なことを聞いてごめんなさい。では、「レオン」は妹と婚約者に会いに行ってきます」
 ノアにこの話をしたことを少し後悔しながら、レオンの姿をしたアグネスは意を決して、天幕へとゆっくり歩いた。