死に戻り聖女は兄の願いを叶えたい〜気づいていないけど、無償の愛に包まれています〜

「赤毛!このまま突っ走れ!他のお三方もだっ!」
 ノアは叫ぶようにそう言うと、あとから来ると思われる魔獣の方を向いた。
 確かに地響きがし、こっちに向かってくるのが感じ取れる。
「ノア、私も加勢する!」
 レオンの姿をしたアグネスがノアに微笑みながら決意を固めたようにノアの傍に並び立った。

「ノア!レオン!恩に着る!」
 赤毛はそう言うと、他の者が負傷しているのだろう。よく見ると他の者の剣を何本かと自分の剣を手に持って走りにくそうだった。
 それだけでも十分に重いはずだ。しかし騎士にとって剣はかけがえのないもの。よくここまで持って走ってきたと思う。
 赤毛はノアとレオンが先ほどまで歩いてきた道を他の者と励まし合いながら駆けていく。

「アグネス、先日の霧をあいつらが行った方向に発生させることができるか?」
「もちろん!」
 言い終わらないうちに指輪を外し、旅装姿の元のアグネスの姿になったかと思うと「ネブラ」と呪文を唱えて、両手の手のひらを天に向けた。
 先遣隊が駆けていった方向が瞬く間に濃霧に包まれた。

「さすが聖女様だな」
「ノア!こんな時に茶化さないで」
「これでアグネスの姿は見られない。思う存分、ふたりで暴れよう!」
 ノアがアグネスに楽し気に微笑むと、アグネスもノアに微笑みながら大きく頷いた。

地響きが大きくなり「来る!」と、ノアが剣を構えて真っすぐに前を見据えた。
 土ぼこりを巻き上げながら、魔獣が向かってきている。目視できるだけで2頭が確認できた。
「俺は後ろを狩る。アグネスに前の奴を任せても大丈夫か?」
「もちろんよ!」
 ノアはアグネスのその返事を聞くと、魔獣に向かって走りだし、先頭の魔獣をひらりと躱し、後ろの魔獣めがけて剣を振り下ろした。
 先頭の魔獣は真っすぐにアグネスを突き飛ばす勢いで向かってきている。
 アグネスは両手の手のひらを魔獣に向けると呪文を唱えた。
「ウーヌス ウェントゥス エンシス」
 アグネスは魔獣を正面に捉えると、光る剣のようにまとまった風を魔獣に向かって放った。
 ザクッと鈍い音と共に光る剣のような風は瞬きをする時間もないぐらいの一瞬で真っぷたつに魔獣を切り裂いた。
 轟音とともに魔獣が倒れる。

 アグネスはホッとしたのも束の間で、すぐにだいぶ前方にいったノアを確認すると、他にあとから来た魔獣と戦っていた。
 何歩かアグネスはノアに走って駆け寄り「ノア!避けて!」と叫んだかと思うと、「ムルトゥス ウェントゥス エンシス」と呪文を唱えた。

 何本かの光る剣のような風が魔獣めがけて一直線に吹く。
 アグネスに名を呼ばれて振り返っていたノアは慌てて魔獣から離れると同時に魔獣が光の剣のような風で次々と切り裂かれていった。

 すべての魔獣が切り裂かれ、大きな音ともに倒れると辺りに静けさが戻った。

 放心するアグネスにノアが急いで駆け寄っていく。

「ありがとう。助かった。アグネス、大丈夫か?」
 アグネスは初めて自分の魔法で魔獣を倒したのだ。
 アグネスは放心したまま、自分の手のひらに視線を落としていた。

「あ…あ、ああ…」
 アグネスは言葉にならない声を呟いた。
 そして、そんなアグネスをノアは包むように抱きしめ、もう一度アグネスに聞こえるようにゆっくりと話す。

「アグネス、ありがとう。もう魔獣は全部倒された。アグネスのおかげだ」
 こわばっていたアグネスの緊張がほぐれるるかのように、ノアの腕の中でアグネスの身体から力が抜けるのがわかった。

「アグネス!」
 アグネスの足がガタガタを震えているのがわかり、ノアの腕の中をするりと抜けるとアグネスはその場に座り込んだ。
 
「ノアが…ノアを失うかと思って怖かった。お兄様に続いてノアも…」
 カタカタと震えるアグネスの肩が普段でも随分薄いのに、さらにより一層小さく見える。
 一体、どれぐらいアグネスは深く傷ついているのだろうか。
 ノアは王族派の罪の重さを噛み締め、拳を握った。

 その後もふたりはしばらくその場に残り、もう魔獣が追ってこないことを確認すると、ふたりはようやくその場を離れた。
 アグネスは指輪を嵌め直して、レオンの姿に戻ろうとしたがノアが制した。

「アグネスの本当の姿が名残惜しいとか言ったら、こんな時に不謹慎なんだが、このままもう少しだけ」
 いつ、誰が迎えに来るかわからない状況では、レオンの姿に早く戻るのが賢明だとわかっているのにノアは照れくさそうにした。
「いいわよ。あと少しだけね」
 アグネスはクスクス笑う。
(でも、もしまた次に本当の姿が戻る時が来るなら、ノアと会えるのが最後になる気がする)
 その時のことを想像するだけでアグネスの胸は絞めつけられた。

「アグネス?大丈夫か?顔色が悪いぞ」
 ノアが心配顔でのぞき込む。その心配そうにしている瞳と目が合うだけで、泣きそうな幸福感に包まれる。
「なにもないわよ。大丈夫だから」
 ならいいんだ。と言って、手を差し出してきた。
 ふたりは指を絡め合うように手をつないだが、ノアはなにかを考えているようで無言だった。

「ひとつ質問しても良いか?」
 ふたりとも沈黙のまま歩き、しばらくしてからだった。ノアはさっきから考えていたことを確認するように聞いてきた。
「どうしたの?」
「なぜ、アグネスは魔獣を易々と倒せるぐらいこんなに強い魔法を使えるのに、その力を大聖堂からの逃亡に使わなかったんだ?」
 ノアの思いがけない質問にノアの瞳を見つめたまま、アグネスは顔をこわばらせ、立ち止まり黙り込んだ。
「答えたくない?それはまさかだけど、俺のため?」
「………………」
 ノアとつないでいた手を離し、アグネスは口角を上げ微笑むだけで、無言を貫いた。
「そうなんだな。なぜ?」
「………………」
 真剣な瞳で問い詰めてくるノアの圧に屈しそうになるが、アグネスはノアを見つめたまま沈黙したままだった。

「俺が人質だったからか。アグネスは昨晩、自分が人質交換だと知っていたと話したよな。だから、アグネスが逃げて俺がもし殺されるようなことがあってはならないからと、見たこともない会ったこともない「ランドルフ・ノア・ネーデルラント」ために逃げなかったのか?」
「………………」
「答えてくれ!そうなんだな!」
「…………違うわ。逃げる勇気がなかっただけよ。誰のためでもない。私自身に置かれている状況を打破する決意と勇気がなかっただけ。軟禁されている生活がなにも考えずに祈るだけで楽だったからよ」
 揺るぎないアグネスの瞳からは強い決意が見て取れた。アグネスの瞳の奥にある真っ赤に燃える決意は、優しく気高い。

「俺は……気づいてなかったんだな。ずっとずっとこんなにもアグネスの無償の愛に包まれていたんだな……」
「それはわたしもよ」
 アグネスが泣きそうな表情をしながら、優しく微笑んだ。
「ずっとノアの無償の愛に包まれていたわ。山奥の大聖堂にいるわたしのためにお兄様と来てくれていたり、ヴィクター殿下との結婚ために城に幽閉された時も攻城塔から励ましてくれたり、ノアも自分の置かれた環境がどんなに辛くても逃げなかった。ずっとノアの心にどんな形であれ、わたしを想ってくれていた愛があったのを知っている」
 ノアはアグネスの手を取って引き寄せると、強く抱きしめた。

 少しの間、言葉を交わす代わりにふたりは無償の愛を確かめ合うように強く抱きしめ合った。
 


「「ふたりともお疲れ様!」」
 仲間たちの弾けるような笑顔に迎えられて、本部に着いたのは陽が落ちたあとだった。
 あれからすぐにアグネスも指輪を嵌めてレオンの姿に戻っていた。
 食事を済ませ、夜通しの警備が続く。

「お前ら、手柄だったな。さっき、王城から早馬が来ただろう。明日、ヴィクター殿下が討伐に来られるらしいから褒美がもらえるかもな」
「えっ?」
 一緒に夜警をする仲間の何気ない一言にノアとレオンの姿をしたアグネスは同時に凍りついた。