その場に崩れ落ちそうになるのをなんとか堪え、先生に促されて私たちは別室へと移動する。そこで伝えられたのはお兄ちゃんは家族についての記憶が一部抜け落ちていること、記憶が戻るのはいつになるか分からないということだった。


お母さんはずっと泣いており、お父さんも涙こそ流してはいないものの、明らかに顔色が悪くなっている。かくいう私も先程から実感がわかず、右から左へと先生の話を聞き流していた。


見た目も声も喋り方も、全部お兄ちゃんだった。違うのは私への態度だけ。
本当は記憶喪失なんて嘘で、私をからかっているだけなんじゃないかと思ったけれど、さっきのお兄ちゃんの顔が頭から離れない。まるで他人を見るかのような目だった。
私のことを忘れても彼の優しさだけは変わらなくて、なんだかそれがすごく悲しかった。