「…えっと、とりあえず顔を上げて。」
返ってきたのは予想よりも穏やかな声で、疑問に思いながらも素直に顔を上げる。お兄ちゃんは困惑したような顔で私の顔を見つめた。
「……ごめんね、俺、記憶が曖昧なんだ。」
「え……」
冷や汗が止まらない。嫌な予感がして、耳を塞ぎたくなった。
「…君のことを思い出せない。」
ガツンと頭を殴られたかのような衝撃が走る。目の前が真っ白になり、何も考えられない。
呆然と立ち尽くす私をみかねて、先生が口を開く。
「脳に異常はありませんが、事故のショックで記憶が曖昧になっているようです。ご家族のことも覚えているかどうか…」
お母さんが再び泣き始める。
私のせいだ。私がワガママを言ったから。
本屋に行きたいなんて言わなければ、ちゃんとお兄ちゃんの言うことを聞いていれば、私の代わりに怪我をすることだってなかったのに。
今更後悔したって遅かった。お兄ちゃんは全部忘れてしまったから。私のワガママも、思い出も全部。
