キスしたら、彼の本音がうるさい。

午後。
新プロジェクトの初顔合わせが行われる会議室には、各部署から選抜されたメンバーが集まり、静かに資料に目を通していた。

ほどなくしてドアが開き、ひとりの男性が姿を見せる。

神崎 慎(かんざき しん)です。本日からプロジェクトリーダーを務めます。よろしくお願いします」

そう名乗った彼は、背筋がしゃんと伸び、スーツをきちんと着こなした、とても顔の整った男性だった。

入社五年目だという彼は、黒縁の細い眼鏡の奥に知性を宿し、落ち着いた物腰の中にも確かな芯が見える。
“仕事のできる人”――そう誰もが思うような佇まいだった。

「……神崎……さん……」

その名前を口にした瞬間、胸の奥で何かが引っかかった。

“神”――たった一文字の響きに、心がざわついてしまう。

神谷瑛翔。

全然違う人だと分かっている。
声も、雰囲気も、表情も、すべてが別人なのに。
それでも、私は彼の名前の残響だけで、つい“あの人”を重ねそうになっていた。

「企画部の浅見月菜です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。プレゼン資料、拝見しました。構成がとても綺麗で、分かりやすかったです」

穏やかで落ち着いた声。

間違いなく、現実にいる“ただの上司”なのに――

ふとした瞬間に、その姿に彼の面影を探してしまうのは、
私の心がまだ、過去に囚われている証なのかもしれなかった。