キスしたら、彼の本音がうるさい。

「浅見さん、すごいっすよね。例のプロジェクトのメンバーに選ばれたらしいですよ」
「でもさぁ…恋愛の噂、まったく聞かないよね?あんなに美人なのに」

エレベーターの前で待っていると、背後から後輩たちのヒソヒソとした会話が、空気を伝って耳に届いた。
社内での評価は悪くない。
ただ、その“完璧な印象”が、逆に壁のように働いていることも、私は自覚していた。

「月菜ー!資料提出ありがとう!ほんと助かる!」

廊下の向こうから声をかけてくれたのは、大学時代からの親友・玲奈。
今は同じ会社の別部署で働いていて、相変わらず明るく、社内でもよく目立つ存在だった。

「ねえ、そろそろ恋とかどうなの? あんたのこと紹介してって、何人にも頼まれたんだけど」
「……いきなりなに」
「だってさ、顔よし、性格よし、仕事できる。恋愛しない理由、どこにあるのよ?」
「ちょ、後輩に聞こえるって……」

玲奈はおかしそうに笑いながらも、ふいに真剣な眼差しを私に向けた。

「まだ“あの人”のこと、引きずってるんでしょ?」
「……別に、そういうわけじゃない」
「じゃあ今、“誰かを好き”って言える?」

一瞬、息が止まる。
返事をしない私に、玲奈はため息まじりに小さく笑って言った。

「そろそろ前を向こうよ。少しずつでいいから、恋を始めてもいいと思う。
あんたなら、絶対、大丈夫だから」

「……うん。考えとく」

玲奈は、いつものように冗談めかして笑いながら、手をひらひらと振った。

「月菜、このあと打ち合わせだよね?あんたはあんたで、色々がんばりなよー!」
「……うん。ありがとう」

背中を押してくれるような玲奈の軽やかな口調に、私はそっと笑みを返す。

エレベーターの到着を知らせるチャイムが鳴り、扉が開いた。
私はひとつ深呼吸をしてから、無言のままその中へと足を踏み入れる。
扉がゆっくり閉まっていく間際、振り返ると、玲奈はまだこちらを見ていた。

笑顔のまま、小さくガッツポーズのように拳を握って。
まるで、何かを託すような――そんな仕草だった。

扉が閉まりきると、そこから先は、またいつもの日常が始まっていく。