キスしたら、彼の本音がうるさい。

冬の朝は、少し苦手だ。
白い息を吐きながら駅まで歩くたび、大学生活がもうすぐ終わることを思い出す。

──私は4年生になった。
卒論の提出も終わって、単位も取り終えている。
瑛翔も同じ。

内定先も決まって、あとは卒業式を待つだけ。
だけど──この冬の空気には、どこか“終わり”の匂いが混ざっていた。

「おはよ」
「おはよ。……寒くない?」
「寒い。……けど、今こうしてるから大丈夫」

彼の手が、私の頬に触れる。
変わらない温度。
変わらない声。

それなのに、時々ふと、目が合った瞬間──
その瞳の奥に、どこか遠くを見ているような影を感じてしまうことがある。

「月菜。卒業旅行、どこにする?」
「……温泉もいいけど、海も見たいかも」
「海、いいね。静かなとこ。ふたりで、だらだらできるとこがいい」

そう言って笑う彼の横顔を、私はじっと見つめていた。
その言葉を信じていたいのに、どこかで不安がかすめる。

最近、彼と会える日が少し減った。
連絡が取れない日も、ときどきある。

“ごめん、寝落ちしてた”
“ちょっとバイト先の人と会ってた”

疑いたくはない。信じてる。
でも──前よりも、手が少しだけ遠くなった気がする。

冬の晴れ間に、ふたりで外に出た。
駅前の雑貨市。あのとき、再会した場所。

「ほら、あのときもここ歩いたよね」
「うん。思い出すな。……あの日が、また始まりだった」

ふたりでカイロを分け合って、手をつないで歩いた。
なのに、その温度が、どこか“終わり”を教えてくるようで──少し怖かった。

なにかが変わったわけじゃない。
でも、変わっていないわけでもない。

見えないものが、少しずつ輪郭を持ちはじめている。
それにまだ、名前はつけたくなかった。

それでも私は、彼を信じていたい。
ふたりで約束した卒業旅行だって、
ちゃんと、行けると信じてる。

信じたい。
信じたい。

……信じなきゃ、壊れてしまいそうで。