キスしたら、彼の本音がうるさい。

春になった。
新学期のキャンパスは、少しざわざわしている。
知らない顔も増えたし、教室も変わった。
だけど──私の気持ちは、去年の冬から変わっていない。

学部が違う瑛翔とは、講義がかぶることはほとんどない。
移動教室の途中で会えたり、昼休みにタイミングが合えば一緒に食べたり。
そのくらい。
それでも、会える時間は、どれも特別だった。

「月菜。今日は何時終わり?」
「んー、3限で終わり」
「じゃあ、迎えに行く」
「……そんな、別にいいよ?」
「いいの。俺が行きたいの」

彼はそう言って、当然のように笑う。
その笑顔に、慣れてしまうのがちょっと怖くて、
でも、どうしようもなく嬉しくて。

学食の外のベンチ。
空いた時間にふたりで座って、
サンドイッチを半分こしたり、甘い缶コーヒーをひとくちだけ交換したり。

そんな何でもない時間が、
私にとっていちばん大切な“ふたりの時間”だった。

ふと、胸の奥にひっかかることがあった。

「……ねえ、そういえば」
「うん?」
「ちゃんと伝えてなかったなって思って。直央くんのこと」

瑛翔の手が、すこしだけ私の指を強く握った。
それだけで、言葉がいらなくなる気がした。

「いまだに何も言えてないや。……でも、ちゃんと、言うね」
「うん。月菜がそうしたいなら、それでいい」

瑛翔は何も詮索しなかった。
問い詰めることも、聞き返すこともなくて。
ただ、“信じてる”っていう態度で、私の隣にいてくれた。

夕方、図書館前で待ち合わせをした。
いつもよりも少し風が強くて、私は袖を引っ張っていた。
そのとき――彼が、そっと私の手を取った。

「今日のネイル、かわいい」
「見てたの?」
「見るでしょ、俺の彼女なんだから」

“心の声”が聞こえたころ、彼の本音は甘すぎて戸惑った。
でも今は、ちゃんと届く。

彼が照れながらも言ってくれる言葉が、
まるでプレゼントみたいに心に残っていく。

少しずつ、ふたりの時間が“日常”になっていった。

手をつなぐのも。
肩を並べて歩くのも。
何気なく呼ばれる名前も。

どれも、私の心の真ん中に、ちゃんと居場所をつくっていた。

もう少しこのままでいられたらいいな──
そう思うたび、同じくらい強く、彼の隣を守りたいとも思った。