キスしたら、彼の本音がうるさい。

◇神谷瑛翔◇

人の流れに紛れて、なんとなく歩いていた。
雑貨市なんて、来るつもりじゃなかった。

でも──たまたま、ふらっと来た。気が向いたふりをして。

どこを見ても楽しそうな人たちばかりで、
自分だけが浮いているような感覚だった。

そんなときだった。
ふと、人の流れが途切れて。
まるで引き寄せられるように、顔を上げる。
そして──目が合った。

──月菜。

あのときと同じ髪型。
白いニット。
ふわりと風に揺れるスカート。

彼女が、こちらを見ていた。

驚いたような、迷っているような、でも確かに──見つめていた。

呼吸が、一瞬止まった。
喉の奥がきゅっと締めつけられる。
時間が、止まった気がした。

気づけば、歩き出していた。
彼女も、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
間に人はいるのに、遠くなんかじゃない。
一歩ずつ近づくたびに、心の距離まで、少しずつ埋まっていくようだった。

すぐ目の前まで来た彼女の瞳に、俺が映っていた。

柔らかくて、でも少し泣きそうで──でも、逃げていない目だった。

「……久しぶり」

やっとの思いで出た声は、震えていたかもしれない。
でも、それでもちゃんと届いてほしくて。

「……うん。久しぶり」

月菜の声が返ってくる。
その声を聞いた瞬間、胸の奥がゆっくりと、ほどけた。

「……少しだけ、話せる?」
「……うん」

ふたりで歩き出す。

冬の空気が、少しだけやわらかく感じられた。