沈黙が、部屋の中を染める。
テレビの音もつけないまま、ただ湯気と静けさだけが、ふたりのあいだを漂っていた。
気づけば私は、彼の隣に移動していた。
こたつ越しじゃなくて、隣。
肩と肩が、かすかに触れる距離。
「……こっち、座ってもいい?」
「うん」
「なんか、あっちにいると……ちょっと遠く感じた」
「そう?」
「うん……なんかね。……私だけが不安になってるみたいで、やだった」
彼は何も答えなかったけど、視線だけがこちらを向いた。
その目は、優しいのに、どこか遠かった。
「……キス、してもいい?」
ぽつりと呟いた言葉に、彼は少しだけ驚いたように眉を動かした。
「なんで?」
「……わかんない。したくなったの。……それだけ」
「そういうの、いつも俺のほうが言ってる気がするけどな」
「今日は、私の番」
そう言って、彼の頬にそっと手を添えた。
ゆっくりと、唇を近づけて、重ねた。
柔らかくて、あたたかくて、それでも何かが足りなくて。
すぐに唇を離して、私は目を伏せる。
「……ねえ、こういうのって、どこまで続けたら“好き”って言ってもらえるのかな」
瑛翔は目をそらした。
「……月菜」
「ごめん。……違うの。ただ、聞きたいとか、そういうんじゃなくて……」
「じゃあ、なに?」
「……不安なだけ。私だけが、浮かれてる気がして」
「そんなこと、ない」
「……でも、“ない”って言葉だけじゃ、信じきれないんだ」
瑛翔は、何か言いたげに息を吸って──結局、言葉にしないまま、そのまま口を閉じた。
夜になって、ふたりはベッドに並んでいた。
一緒に並んで寝るのは初めてじゃないはずなのに、私は何度でも緊張する。
瑛翔が隣にいる。
ただそれだけなのに、息の仕方すらわからなくなる。
布団の中、彼のぬくもりだけが伝わってきた。
「……あのね」
「ん」
「今日のキス、ちょっとだけ……泣きそうだった」
「……なんで?」
「わかんない。嬉しかったのに、さみしくなった」
「……そっか」
「ちゃんと“好き”って言ってほしいわけじゃない。……でも、どこかで期待してる自分が、いる」
「……」
「言葉にしないまま続く関係って、どこかで終わっちゃう気がするんだ」
その言葉に、彼の手がそっと私の指先を包み込んだ。
まるで、「ここにいる」と伝えるように。
私はそのぬくもりに甘えるように、そっと目を閉じた。
