キスしたら、彼の本音がうるさい。


キスのあと。

街灯の光が滲んで、彼の顔が少しかすんで見えた。
私の中で、心の声がまだ余韻のように響いている。

《本気で好き。本気で……どうしたらいいんだよ》

そんな声が胸を締めつけて、笑いそうになるくらい幸せで、苦しかった。
……このまま、時間が止まればいいのに。

「……帰ろっか」
「うん」

肩を並べて、駅へ向かう道を歩き出す。
繋いだ手のぬくもりが、ずっと残っている。
ふたりで歩く帰り道。
何気ない会話の合間に、彼の声がまた聞こえてくる。

《……今の、夢じゃないよな……マジで……キスした……》

心の中に、くすぐったいほどの甘い声。
それだけで、また胸がじんとあたたかくなる。
でも──そのときだった。

《……す、……き……だ……け、ど……》

ふいに、違和感が走った。
その声に、微かな“ひずみ”が混じっていた。

《──……こ、わい……》

耳ではなく、心で感じる声に、ざらつくようなノイズが入り込む。
なに……これ?
まるで、ラジオの周波数がずれたみたいに、音が崩れていく。

《……っ……──……》

語尾が途切れ、言葉の輪郭がぼやけて、
水の底に落ちていくように、すっと沈んでいった。

「……瑛翔?」
「ん?」

変わらぬ声と表情で、彼は振り返る。
その姿は、いつも通りの瑛翔なのに。

──違う。
さっきまで、ずっと聞こえていた“声”が。
今は、どこにも、いない。

聞こうとしても、どれだけ静かに耳を澄ましても、何も届かない。

──……え、うそ……?

急に心の奥だけが、ぽっかりと空白になったような感覚。
さっきまで確かに、そこにあったはずのもの。
私だけが感じられていた、特別な繋がりが。

──消えてる。

「……寒くなってきたね」

何気なく言うと、彼はふわりと笑った。

「風、強いからな。……送ってくよ」

その優しさも、その声も──変わらないのに。
言葉の裏側にあった“本音”だけが、まるで霧の中に消えたようだった。

──また、すぐ聞こえるようになるよね……?

自分にそう言い聞かせながら、私は繋いだ手にそっと力を込めた。

どうかこの静けさが、“終わり”じゃありませんように。