キスしたら、彼の本音がうるさい。

◇神谷瑛翔◇

──どうして、あいつの前だと、うまく言葉が出てこないんだろう。

たぶん、何かを伝えるってことに、俺はもう慣れていない。
誰かに向かって、心をひらくという行為が、どこか遠いことのように感じる。

昔、風にさらわれた声があった。

たったひとことで、すべてが音を立てて崩れていったあの時から、
胸の奥に鍵をかけるようになった。

それ以来、俺は無言でいることを選んだ。

笑わなければ、誰にも期待されない。
無表情でいれば、自分にも嘘がつける。

でも──月菜といると、それがふいに緩む。
今日、あいつの隣に座って、些細な言葉を交わして。

名前を呼ばれて、優しさを差し出されて、
知らないうちに、張り詰めていた心が少しだけほどけていく。

……怖い。
この感覚が、またどこかへ消えてしまいそうで。

あたたかいものほど、手のひらからこぼれやすいって、知ってるから。

それでも、もう一度だけ、触れてみたいと思った。
春を知らない冬が、ひそかに光を求めてしまうように。
月菜の声は、静かな陽だまりみたいだった。

だから、俺も──名を呼んだ。

たったひとつの音が、胸の奥にやさしく灯った。

……もしこのまま、あの子のそばにいられるなら、
今度こそ、伝えてみたい。

この凍えた心に、ほんの少しだけ色を取り戻せるように。