今日から私は上司の奴隷になりました

「おいおい、いちゃつくのは後にしてくれないかな」

「ごめんなさい」

「それはそうと、事務員さんとかの公募はしたのか?」

社長がご主人様にそう聞いたのだけど、私もそれが気になった。まだ採用が決まってなければ、私が立候補したいから。

つまり今の会社を辞めて、ご主人様を公私共にサポートしたいと思っている。産業スパイの捜査の過程で、探偵という職業に興味を持った、というのもある。

「いや、そういう人は雇わない」

「一人でやるんじゃ、フリーと変わらないんじゃないか?」

私もそう思う。『人件費の問題なら、無給でいいので私を雇ってください』と言おうとしたら、

「一人じゃないよ。奴隷を一人、養おうと思ってる」

と言い、ご主人様は悪戯っ子みたいな表情で私を見た。

私達の事情を知ってる舞は、

「まあ、素敵」

と言ったけど、それを知らないらしい社長は、

「おまえ、何言ってんの?」

と、呆れていた。

「恵子、一生俺の奴隷になるか?」

ご主人様は今、"一生"って言った。それって、つまり……

「はい、ご主人様」

私は嬉しいのと、ご主人様が心変わりしたら大変と思い、即答した。

ぶっ

今の”ぶっ”は、私達の会話を聞いて、社長が飲みかけのビールを口から吹いた音だ。

その後は会話も弾み、懐石料理を堪能してお開きとなった。

社長夫妻との別れ際に、舞が私の耳元で囁いた。

「あの件、まだ間に合うんじゃない?」

”あの件”で私に解らせようとする舞もどうかと思うけど、解ってしまう私もどうかと思う。実は、私も密かに気にしていたからなんだけど。

「ギリだけど間に合うと思う。”私達”、頑張るね?」

私も舞の耳元に口を寄せ、そう囁いた。


舞達と別れて歩き出すと、

「なあ、これから例のバーへ行かないか?」

と、ご主人様が言った。

”例のバー”とは、私のお気に入りで、ご主人様と出会ったあのバーの事で間違いないと思う。そう言えば、あれ以来行ってなかったわ。

「飲み足りないんですか?」

と私が聞いたら、

「それもあるけど、ちょっと事情が……」

なぜかご主人様の歯切れは悪く、しかも照れたかのように頭を掻いた。

「いいですよ。行きましょう?」