今日から私は上司の奴隷になりました

潜入捜査の2日目。

仕事が終わって調理スタッフの皆さんと賄いを頂いている時、私は聞き捨てられない噂話を耳にした。

『あの女のネックレス、ダイヤモンドで100万円するんだって』

『えーっ、あの女って、そんなにお金持ちなの?』

『そんな訳ないでしょ? 彼氏から貰ったんだってよ』

『へえー、気前のいい男って、いるんだねえ』

『どこがいいんだろうね、あんな女』

という感じの噂話だった。

つまり、聞いてて可哀想になるほどみんなに嫌われてる女性がいて、その彼氏の羽振りが良い、という話らしい。

もしその彼氏なる男性が、開発部の社員で『オボッチャマン』に関わった人物だとしたら、ビンゴだと思う。

私はその噂話をしていた人の中で、私に一番近くにいたスタッフさんに話し掛けてみた。

「その幸運な人って、どの人なんですか?」

と。するとそのスタッフさんは嫌そうな顔で、

「あっちに一人で食べてる女がいるでしょ? あれよ」

と、教えてくれた。『あっち』の方を見たら、確かにポツンと一人離れて賄いを食べてる女性がいた。遠目でも判るほど化粧が濃く、一言で言えば"ケバい"女性だった。

「名前は何て言うんですか?」

「そんなの聞いてどうするのよ?」

「あ、えっと、帰ってからご主人様に話す時に、名前が判らないと話しずらいかなあ、なんて」

焦った割には上手く誤魔化せたかな、と思ったのだけど、

「恵子ちゃんって、旦那の事を”ご主人様”って呼ぶの? 古風なのねえ」

慣れでつい”ご主人様”って言っちゃったけど、話題がそっちへ逸れるとまずいので、

「旦那がそう呼べってうるさいんです。で、あの人のお名前は?」

と、私は強引にケバい女性の話に戻した。

「ああ、加藤よ」
「下のお名前は?」

「知らなーい。ねえ、誰か知ってる? あの女の下の名前」

「”ミユキ”だよ、きっと。前に自分の事をそう呼んだから」

「げ、気持ちわるー」

とことん嫌われてるなあ、”加藤ミユキ”さんは……

私は、さっき『彼氏から貰ったんだってよ』と言った人に、

「加藤ミユキさんの彼氏を知ってるんですか?」

と聞いた。私は何気なさを装いつつ、内心はドキドキだった。だって、加藤ミユキさんの彼氏は、イコール産業スパイの容疑者だから。ところが、

「アタシが知るわけないじゃん」

と言われてしまった。

「誰も知らないんですか?」

と、みんなに聞いたら、

「あの女、貢物は自慢するクセに、彼氏の話はしないんだよね」

先ほどの女性がそう言い、他のみんなは頷いてたので、誰も加藤ミユキさんの彼氏を知らないらしい。

であれば、加藤ミユキさん本人に聞くしかないのだけど、彼女は賄いを食べ終わるとさっさと行ってしまったので、今日のところは彼女に接触するのは断念した。

まずはご主人様にこの事を報告し、今後についての指示を仰ごうと思う。