今日から私は上司の奴隷になりました

調理スタッフの中に、高橋さんという40歳前後の女性がいて、私の事は彼女に話が通っているそうで、私は高橋さんの指導で仕事を始めた。

私はその高橋さんには見覚えがあった。確か『ガッちゃん』の発表会でアジフライを揚げ、その廃油を濾してた人だと思う。

調理スタッフの仕事は、私が想像していたよりも過酷で、情報収集はおろか、会話する暇もなかった。ひたすら小鉢の盛り付けをしたり、ひたすら食器を洗ったり、重い食材を運んだりで、慣れない事もあると思うけど、腰や足は痛くなるわで大変だった。

ただ、ランチタイムの後の仕事終わりの前に、いわゆる”賄い”を頂く時間があり、その時間が唯一情報収集のチャンスと思われた。

私は意外にも先輩のスタッフさん達からの受けが良いらしく、旦那との馴れ初めを聞かれたりした。それには嘘で誤魔化すほかなく、後ろめたさを感じたけれども。

食堂での仕事が終わり、着替えて2階で眼下に見えるテストコースを眺めていたら、やはり仕事が終わったらしいご主人様がやって来た。予定通り、午後3時頃だ。

ご主人様はドカッとベンチに腰掛けると、開口一番「疲れたー」と言い、私も隣に座り、「私も疲れたー」と言った。

「どうだ。成果はあったか?」

「全然。話す暇も無いほど忙しくて。でも、賄いの時間にみんなと少しお喋り出来るから、その時に情報収集出来るかもです」

「そうか。俺の方は情報を得るのは厳しそうだ。仕事中に無駄口を叩く奴なんていないからな。そっちに期待するしかないな」

「そんなあ。プレッシャー掛けないでください」

「まあ、焦ってもしょうがない。じっくりやろうぜ?」

「うん」

という事で、潜入捜査の一日目は、特に成果の無いまま終わってしまった。