次の週の木曜日、エレベーターホールで偶然、沙耶は樋口と二人きりになった。

「沙耶さん。……あの打ち上げ、楽しかったですね」
 笑顔だったが、どこか探るような視線。

「……そうですね。ああいう集まりに出ること自体、あまりなかったから」

 沙耶がそう答えると、樋口は軽く頷いた。

「真鍋さんのプロジェクトで打ち上げなんて、珍しいのよ。
 沙耶さん、うちの部長の推薦で来られたって聞いたわ。購買の方が参加されるって、ちょっと驚いた」

「はい……現場の皆さんにはお世話になっていたので、恐縮でしたけど」

 樋口は、柔らかな笑みを浮かべたまま、ふっと声を落とした。

「真鍋さん、上からは評価されてるけど……一方で、保守的な人たちからは結構煙たがられてるの。やり方が大胆だから。
 最近は特に、“結果を出さなきゃ”って空気、強いんじゃないかしら」

 沙耶は、胸の奥に何か引っかかるものを感じながら、無言で聞いていた。

「だから、今回のプロジェクトも、ただの新機能じゃなくて、“実績”って言える形にしたいんだと思う。
 数字、成果、分かりやすいものにね。……あの人、ああ見えて、そういうのに敏感だから」

「……そうなんですね」

 沙耶は、なるべく淡々と返した。
 けれど心の中では、わずかなざわつきが広がっていた。

「まぁ、私の考えすぎかもしれないけど。気を悪くしたらごめんなさいね」

「いえ。そういう話を聞けるのはありがたいです」

 樋口はにこやかに会釈し、到着したエレベーターに乗り込んだ。

   ◇◇

 ひとり残された沙耶は、小さく息を吐いた。

 ――私は、どこまで彼のことを知ってるんだろう。

 そう思ったとき、ふいに胸の奥が、少しだけ苦しくなった。