打ち上げの翌日、土曜日の夕方。
 都心から少し外れた川沿いの遊歩道。
 秋の風が、少し冷たくなりはじめた頃。

 沙耶と真鍋は、ゆっくりと歩いていた。

 川面には夕日が差し込み、街灯がひとつずつ灯っていく。

「……昨日の打ち上げ、なんだか不思議な感じでしたね」

「うん。初めて“仕事の顔”を見られた気がして、ちょっと照れた」

 真鍋が笑う。
 沙耶も微笑んだが、ほんのわずかに視線を逸らした。

 聞きたいことがあった。
 けれど、どこから切り出せばいいのか、迷っていた。

 それでも、黙ったままではいたくなくて、ふと、口を開いた。

「……樋口さん、プロジェクトの技術リーダーだったんですよね」

「うん。優秀な人だよ。複雑な仕様も整理して、よくまとめてくれた」

 真鍋の声は、あくまで穏やかだった。
 業務の評価。それだけのトーン。

「……あの人と、何かあったんですか?」

 風が通り過ぎた。
 沙耶は、自分の声が少し震えていたことに気づく。

 真鍋は立ち止まり、手すりに寄りかかるようにして空を見上げた。

 しばらく沈黙があってから、静かに言った。

「……過去に、好意を持たれていたことはあると思う。でも、付き合っていたわけじゃない」

 沙耶は、息を呑んだ。

「正直、何となく距離を測りながらやってきた。でも、今も、そしてこれからも、僕が付き合ってるのは君だけだよ」

 その言葉は、余計な飾りも駆け引きもなかった。
 真っ直ぐで、静かで、どこか体温を持っていた。

 沙耶は、胸の奥が少し痛むのを感じた。

 嬉しい。けれど――
 仕事の場と恋愛の場が、こんなにも交わる世界に自分が足を踏み入れていることに、どこか戸惑いもあった。

「……ありがとう。はっきり言ってもらえて、嬉しいです」

 沙耶は、声を落ち着かせるようにして言った。

 真鍋は、何も言わず、そっと沙耶の手を握った。

 きっとこれは、“プライベート”だけじゃない。
 仕事も、過去も、誰かの目も、いろいろ背負って、ここに立っている。

 それでも、彼の言葉を信じたいと思った。
 そう思えることが、少し怖くて――でも、幸せだった。