「エレノア、お前との婚約を破棄する。出涸らし令嬢のお前とは一緒になれない」
目の前にいる私の婚約者は、冷たく私にそう告げた
——出涸らし令嬢。
私、エレノア・クローディアはそう呼ばれている。
「だって、お姉さまは魔力がないんですもの。女神様が聖女に選ぶはずがありませんわ」
私の家、クローディア伯爵家は、代々聖女を輩出してきた家系だ。
聖女は魔力を使って結界を作り、王都を魔獣から守る大事な役割を担っている。
1年後の聖女選定式で当代の聖女が決定される。
しかし、私の魔力は——ずっと0のままだ。
「お姉様はクローディア伯爵家の恥です。魔力がないのにアンドリュー様と結婚しようだなんて、身の程知らずもいいところですわ」
私の妹、セシル・クローディアは笑う。
腰まである金髪を緩く巻いて、双眸の翡翠のように綺麗で大きい。
一方、私は地味な黒髪で黒目。
いつも私より両親にも殿方にも愛されて、姉の私は誰からも無視されてきた。
そんな私にもセシルは気にかけてくれて、お腹の空いた私に余ったパンを持ってきてくれた。
唯一この世で妹のセシルだけが、私は心を心を許せる存在だった。
なのに、味方だと思っていた妹は今——
私の婚約者、アンドリュー・バルトハルト侯爵令息の腕に縋がっている。
「エレノア、お前はセシルをずっと虐めていたんだな。セシルの宝石を勝手に売ったり、腐ったパンを無理やり食べさせたり、使用人に無視するように命令したり……お前はセシルの姉だろう? 姉から妹を守るのが義務なのに、なんて酷い女なんだ……!」
あり得ない。
全部、嘘だ。
私はそんなことしていない。
伯爵家の中で唯一の味方だと思っていたセシルに、私がそんな酷いことをするわけない。
セシルがアンドリューに嘘を吹き込んで——いや、あの優しかったセシルがそんなことするなんて……
「私、ずっとお姉様の虐めに苦しんでいました。でも、お姉様は生まれつき魔力がなかったから、きっと妹の私に嫉妬してるんだと思っていました。妹の私より劣っているんですもの。お姉様が私に八つ当たりしたくなるのもわかります。だからずっとずっと、私は今まで耐えてきたのです……」
「セシル……!」
セシルの瞳から、大粒の涙が流れる。
それを見たアンドリューは、優しくセシルを抱きしめた。
「セシル、君はなんて可哀想なんだ! 不幸な姉のために全部我慢してきたんだね! 辛かったね。これからは僕が君を幸せにする!」
「アンドリュー様、お姉様を責めないでください。出涸らし令嬢と呼ばれて、魔力も美貌も愛嬌も全部、お姉様にはないのですから。何の才能もないお姉様は、私を虐めるしかなかったのです」
「君はなんて優しい女性なんだ。ここまで姉に虐げれられても、姉を庇うなんて。ああ、僕はセシルと一緒になれて幸せだ」
「私も幸せです。アンドリュー様……」
セシルとアンドリューは、お互いを熱い視線で見つめ合っている。
これはもう、キスしそうなぐらいの勢いだ。
……私はやっぱり、要らない人間だったんだな。
私には魔力がない。
生まれつき、魔力が0なのだ。
クローディア伯爵家の中で、私がだけが魔力が発現しなかった。
一方、妹のセシルには膨大な魔力が発現した。
それが「出涸らし令嬢」の由来だ。
妹のセシルにすべての魔力をあげてしまった、という意味で。
通常、貴族は17歳までに魔力が発現しなければ、もはや魔法を使える可能性はない。
それで今日は、私の17歳の誕生日だった。
セシルが「お姉様のために誕生日パーティーを企画しましたわ!」と言って、王都にある料亭に来てみたら、まさかこんな酷いことをされるなんて……
自分の心臓が、ドクドク動く音だけが聞こえる。周囲の風景がだんだんと遠くなるのを感じた。
「ああ。セシル。俺もやっと出涸らし令嬢から解放されて嬉しいよ。エレノア、さっさと消えてくれないか」
「アンドリュー、でも、私は……」
いくらなんでも酷すぎる。
私に聖女の素質がないからって、私を捨てて婚約者の実の妹を選ぶなんて……
嘘だと言ってほしい。
一度は「愛してる」と言ってくれたアンドリュー。
きっと気の迷いに違いない——
だけど、
「もうわかるだろう? 俺はもうお前を愛していない。俺が愛しているのは、セシルだけだ」
「お姉様、ごめんなさい。私もアンドリュー様の愛を受け入れるの躊躇しました。だって自分の姉の婚約者ですもの。でも、私が断っても断っても、アンドリュー様がたくさんの愛をくれて……それで、本当に、本当にお姉様には悪いんですけど、私はアンドリュー様を受け入れました」
「ありがとう、セシル。受け入れてくれて。俺は今、最高に幸せだ」
アンドリューはセシルを強く抱きしめる。
「エレノア……残念だがそういうことだ。今までお前のせいで散々セシルは苦しんできたんだ。だから姉らしくアンドリュー殿をセシルに譲りなさい」
後ろで私たちの話を聞いていたお父様が、私を諭すように言う。
「そうですよ、エレノア。全部、あなたが出涸らしで何にもない、空っぽだから悪いんです。あなたに魔力がないせいで私たちがどれだけ苦しんだか……」
お母様が憎悪に満ちた目で私を見ている。
なんでだろう?
どうして実の娘をそんな目で見るのだろう?
婚約者を奪われたのは私なのに——
あ、そうだったんだ。
私は、お父様にもお母様にも愛されてこなかった。
今まで認めたくなかったけど、やっぱり二人とも私を愛してなかったなんだ。
やっとわかってきた。私は、妹にも婚約者にも両親にも、誰にも愛されてなどいなかった。
「お前なんか生まれてこなれけばよかったのに」
「クローディア伯爵家の娘は、セシルだけだ」
「お前が死んでくれたほうが、私たちは楽になる」
今まで両親に言われた酷いセリフが、頭の中でこだました。
私の中で、なかったことにしていた。
心の中で蓋をしていた。
両親と妹に愛されていると思い込んでいた。
でも、思い出せば、私は……
家族と食事を共にできず、館に裏庭にある納屋で私は生活してきた。
侍女はつけてもらえず、毎日、自分のことは自分でしていた。
普通の令嬢らしいことは、何ひとつしてもらえなかった。
「ありがとう。アンドリュー殿。我が娘、セシルを愛してくれて。アンドリュー殿が気に病むことはない。エレノアには、別の結婚相手を見つけておいた。エレノアのことで心を痛めないでほしい」
お父様は親しげに、アンドリューの手を握る。
「別の相手がいるのならよかった。まあ申し訳ないとは思っていたんですよ。エレノアには」
私に申し訳ないなんて、絶対に嘘だ。
「いえいえ、エレノアに申し訳ないなんて、そんなこと思わなくてよいですわ。長年苦しめられてきたのは私たちなのですから」
お母様が優しくアンドリューに微笑む。
あんな優しげな笑顔は、私に対して見せてくれたことなかったのに。
「お父様。お姉様のお相手って、誰ですの? お姉様みたいな生き遅れをもらってくださるなんて、なんて慈悲に満ちた方なのかしら」
「ああ。それがな、エレノアをもらってくれるのは——ラインハルト公爵だ」
ラインハルト公爵。
え、嘘でしょ。
あの「呪われた公爵」こと、ローガン・ラインハルト公爵のこと……?
私が、ラインハルト公爵の妻に??
「お姉様……人生終了しましたわね。あら、でも、お姉様の人生はもともとなかったですわね。ふふ」
セシルが侮蔑的な笑みを浮かべる。
「そういうことだからエレノア、明日にもラインハルト公爵領へ行きなさい。私たちをこれ以上、苦しめないでくれ」
お父様は冷たく私に言い放った。
目の前にいる私の婚約者は、冷たく私にそう告げた
——出涸らし令嬢。
私、エレノア・クローディアはそう呼ばれている。
「だって、お姉さまは魔力がないんですもの。女神様が聖女に選ぶはずがありませんわ」
私の家、クローディア伯爵家は、代々聖女を輩出してきた家系だ。
聖女は魔力を使って結界を作り、王都を魔獣から守る大事な役割を担っている。
1年後の聖女選定式で当代の聖女が決定される。
しかし、私の魔力は——ずっと0のままだ。
「お姉様はクローディア伯爵家の恥です。魔力がないのにアンドリュー様と結婚しようだなんて、身の程知らずもいいところですわ」
私の妹、セシル・クローディアは笑う。
腰まである金髪を緩く巻いて、双眸の翡翠のように綺麗で大きい。
一方、私は地味な黒髪で黒目。
いつも私より両親にも殿方にも愛されて、姉の私は誰からも無視されてきた。
そんな私にもセシルは気にかけてくれて、お腹の空いた私に余ったパンを持ってきてくれた。
唯一この世で妹のセシルだけが、私は心を心を許せる存在だった。
なのに、味方だと思っていた妹は今——
私の婚約者、アンドリュー・バルトハルト侯爵令息の腕に縋がっている。
「エレノア、お前はセシルをずっと虐めていたんだな。セシルの宝石を勝手に売ったり、腐ったパンを無理やり食べさせたり、使用人に無視するように命令したり……お前はセシルの姉だろう? 姉から妹を守るのが義務なのに、なんて酷い女なんだ……!」
あり得ない。
全部、嘘だ。
私はそんなことしていない。
伯爵家の中で唯一の味方だと思っていたセシルに、私がそんな酷いことをするわけない。
セシルがアンドリューに嘘を吹き込んで——いや、あの優しかったセシルがそんなことするなんて……
「私、ずっとお姉様の虐めに苦しんでいました。でも、お姉様は生まれつき魔力がなかったから、きっと妹の私に嫉妬してるんだと思っていました。妹の私より劣っているんですもの。お姉様が私に八つ当たりしたくなるのもわかります。だからずっとずっと、私は今まで耐えてきたのです……」
「セシル……!」
セシルの瞳から、大粒の涙が流れる。
それを見たアンドリューは、優しくセシルを抱きしめた。
「セシル、君はなんて可哀想なんだ! 不幸な姉のために全部我慢してきたんだね! 辛かったね。これからは僕が君を幸せにする!」
「アンドリュー様、お姉様を責めないでください。出涸らし令嬢と呼ばれて、魔力も美貌も愛嬌も全部、お姉様にはないのですから。何の才能もないお姉様は、私を虐めるしかなかったのです」
「君はなんて優しい女性なんだ。ここまで姉に虐げれられても、姉を庇うなんて。ああ、僕はセシルと一緒になれて幸せだ」
「私も幸せです。アンドリュー様……」
セシルとアンドリューは、お互いを熱い視線で見つめ合っている。
これはもう、キスしそうなぐらいの勢いだ。
……私はやっぱり、要らない人間だったんだな。
私には魔力がない。
生まれつき、魔力が0なのだ。
クローディア伯爵家の中で、私がだけが魔力が発現しなかった。
一方、妹のセシルには膨大な魔力が発現した。
それが「出涸らし令嬢」の由来だ。
妹のセシルにすべての魔力をあげてしまった、という意味で。
通常、貴族は17歳までに魔力が発現しなければ、もはや魔法を使える可能性はない。
それで今日は、私の17歳の誕生日だった。
セシルが「お姉様のために誕生日パーティーを企画しましたわ!」と言って、王都にある料亭に来てみたら、まさかこんな酷いことをされるなんて……
自分の心臓が、ドクドク動く音だけが聞こえる。周囲の風景がだんだんと遠くなるのを感じた。
「ああ。セシル。俺もやっと出涸らし令嬢から解放されて嬉しいよ。エレノア、さっさと消えてくれないか」
「アンドリュー、でも、私は……」
いくらなんでも酷すぎる。
私に聖女の素質がないからって、私を捨てて婚約者の実の妹を選ぶなんて……
嘘だと言ってほしい。
一度は「愛してる」と言ってくれたアンドリュー。
きっと気の迷いに違いない——
だけど、
「もうわかるだろう? 俺はもうお前を愛していない。俺が愛しているのは、セシルだけだ」
「お姉様、ごめんなさい。私もアンドリュー様の愛を受け入れるの躊躇しました。だって自分の姉の婚約者ですもの。でも、私が断っても断っても、アンドリュー様がたくさんの愛をくれて……それで、本当に、本当にお姉様には悪いんですけど、私はアンドリュー様を受け入れました」
「ありがとう、セシル。受け入れてくれて。俺は今、最高に幸せだ」
アンドリューはセシルを強く抱きしめる。
「エレノア……残念だがそういうことだ。今までお前のせいで散々セシルは苦しんできたんだ。だから姉らしくアンドリュー殿をセシルに譲りなさい」
後ろで私たちの話を聞いていたお父様が、私を諭すように言う。
「そうですよ、エレノア。全部、あなたが出涸らしで何にもない、空っぽだから悪いんです。あなたに魔力がないせいで私たちがどれだけ苦しんだか……」
お母様が憎悪に満ちた目で私を見ている。
なんでだろう?
どうして実の娘をそんな目で見るのだろう?
婚約者を奪われたのは私なのに——
あ、そうだったんだ。
私は、お父様にもお母様にも愛されてこなかった。
今まで認めたくなかったけど、やっぱり二人とも私を愛してなかったなんだ。
やっとわかってきた。私は、妹にも婚約者にも両親にも、誰にも愛されてなどいなかった。
「お前なんか生まれてこなれけばよかったのに」
「クローディア伯爵家の娘は、セシルだけだ」
「お前が死んでくれたほうが、私たちは楽になる」
今まで両親に言われた酷いセリフが、頭の中でこだました。
私の中で、なかったことにしていた。
心の中で蓋をしていた。
両親と妹に愛されていると思い込んでいた。
でも、思い出せば、私は……
家族と食事を共にできず、館に裏庭にある納屋で私は生活してきた。
侍女はつけてもらえず、毎日、自分のことは自分でしていた。
普通の令嬢らしいことは、何ひとつしてもらえなかった。
「ありがとう。アンドリュー殿。我が娘、セシルを愛してくれて。アンドリュー殿が気に病むことはない。エレノアには、別の結婚相手を見つけておいた。エレノアのことで心を痛めないでほしい」
お父様は親しげに、アンドリューの手を握る。
「別の相手がいるのならよかった。まあ申し訳ないとは思っていたんですよ。エレノアには」
私に申し訳ないなんて、絶対に嘘だ。
「いえいえ、エレノアに申し訳ないなんて、そんなこと思わなくてよいですわ。長年苦しめられてきたのは私たちなのですから」
お母様が優しくアンドリューに微笑む。
あんな優しげな笑顔は、私に対して見せてくれたことなかったのに。
「お父様。お姉様のお相手って、誰ですの? お姉様みたいな生き遅れをもらってくださるなんて、なんて慈悲に満ちた方なのかしら」
「ああ。それがな、エレノアをもらってくれるのは——ラインハルト公爵だ」
ラインハルト公爵。
え、嘘でしょ。
あの「呪われた公爵」こと、ローガン・ラインハルト公爵のこと……?
私が、ラインハルト公爵の妻に??
「お姉様……人生終了しましたわね。あら、でも、お姉様の人生はもともとなかったですわね。ふふ」
セシルが侮蔑的な笑みを浮かべる。
「そういうことだからエレノア、明日にもラインハルト公爵領へ行きなさい。私たちをこれ以上、苦しめないでくれ」
お父様は冷たく私に言い放った。
