ひとつの桜の木。

その下で、ひとりの男子生徒が愛おしそうに桜の花を見上げていて。

……瞬間。

「っ……わ」

思わず、声を上げてしまった。
彼が、桜の木にキスをしたから。

「誰?」

特に興味もなさそうに、彼は私に目を向ける。

同じ入学生……では、なさそう。
胸に造花が付いていない。

「あ、あの、私……っ!」

あわあわと、真っ赤になりながら慌てる私に、彼が驚いたような顔を向ける。

「……さくら」

「え?」

「桜、ついてる」

桜?
あ、この、胸の造花。
そっか、これも桜なんだ。

「新入生? 入学式は? 行かないの」

「あ、あの、その……」

恥ずかしくて視線を落とすと、木の根元には数学のノートが置いてあった。

書かれた名前は、『1-3 山崎優』。

「……迷いました。助けてください」

──これが、私と先輩との出会いだった。