「皆……皆川……皆川……?」
何度か名前を呼ばれていたらしいが、近くにある私好みのこの顔を、脳裏に焼き付けるのに必死で何も聞いていなかった。ハッと我に返った私は、気絶しそうになるのを必死で耐える。
こんな所で倒れるわけにはいかない。
木下次長に迷惑は掛けられないよ。
「すみません。少し興奮しすぎました」
「ん?興奮……?」
「いえ、はしゃぎすぎました」
「はしゃいでいたのか?」
「木下次長と一緒に出社出来るんですよ!それは、はしゃぐでしょう?」
「皆川は変わっているな。そんな事を言うのはお前とあいつぐらいだよ」
また、『あいつ』だ。
それは何度か木下次長の口から出た言葉だった。
キュンキュンと高鳴っていた胸が一気に静まっていく。手足も冷え、心が悲鳴を上げる。
あいつって誰なの……。
もしかして……。
私は震えそうになる唇を噛みしめてから、声が震えないよう注意しながらゆっくりと唇を開いた。
「あの……あいつって、誰ですか?」
私の質問に驚いた様な顔をした木下次長が、ゆっくりと顔を上げながら、懐かしむように空を仰いだ。その顔からは眉間の皺が消え、穏やかな顔をしていた。
優しくて穏やかな顔……それは私には見せたことのない顔で、胸の奥がザワつく。
怖い……。
木下次長の言葉を聞きたくない。
思わず耳を塞ぎたくなったその時、電車がホームにはいってきた。そのせいで話が中断してしまったが、私は思わずホッと胸を撫で下ろす。


