さらに1年後。

彼は勤務先で部署異動があり、
出張が多くなった。

お付き合いも長くなり、多忙な時期も重なって、
2人でゆっくりと旅行することは減った。

それでも彼は、出張から帰って来ると、
以前と変わらず2人の時間を作ってくれた。

特別なイベントは減ったけれど、
私は彼と一緒にいられて幸せだった。

…いつからだろう?

「ありがとう」が
「当たり前」になってしまったのは。

彼の優しさと、包み込むような安心感を、
「恋人としてはいい人止まりで物足りない」
なんて勘違いしてしまったのは…。



ある雨の日の夕方。

逢月姫
「私…もうあなたと付き合いたくない…。」

私は彼が出張へ行く直前の駅で、
血迷った言葉を口にした。

彼はもともと
恋のドキドキやロマンスを
感じさせるような人ではなかった。

奥手で、女性慣れしていなくて、
でもそっと寄り添ってくれて、
安心感をくれる、そんな人。

私はいつしか、彼がくれる”穏やかな幸せ”を
「ドキドキしない、ロマンスが足りない」
と捉えるようになっていた。

さっきの言葉は本心じゃない。
別れたかったわけじゃないの…。

そう、魔が差しただけ。

恋のちょっとしたスパイスが
欲しかっただけなの…。



愚かな私の「試し行為」の後、
彼からもらったペンダントにヒビが入っていた。

降り続く雨は涙をかき消し、
紅潮した私の頬を濡らした。