後ろからの声の主は田村くんだった。


「へぇー。なら心配ないな。風呂とか手伝ってやろうかなと思ってたんだけど」


「ちょっと待って!!お泊まりってもうそんな関係!?お風呂一緒に入ったの!?」

わー!!
一気にふたりに知られてしまった。
しかもお風呂一緒に入ってないし!!


「誤解だよ!お風呂はお父さんが手伝ったの!着替えとかも大変だからウチに泊まってもらうことになって!部屋も別だから!」

「ふ〜ん。そんな焦ってなんか怪しいじゃん?♡」

「もう亜紀ってば!!全部ほんとだよ!!」


狩谷くん、誤解招く言い方しないで〜!!



「狩谷くん。今日1限から?」

「いや、2限すけど」

「ならちょっと俺と喋らない?」

「……わかりました」


ひょいっと狩谷くんから鞄を取った田村くん。
わたしが何度も持つって言ったけど持たせてもらえなかった鞄。

「返してください」

「そんな腕の時ぐらい甘えろって。じゃあ彼氏さん借りるね?桜井さん」


「あ、うん…」


そしてふたりでどこかへ向かっていった。


なんだか心配。。。
昨日の夜のことを思い出す。


大丈夫かな…ふたりで。。



・・・・・・・・


「はい。俺の奢りのアイスコーヒー♪」

「頼んでませんけど?しかも恩着せがましいし」

「おまえこそ相変わらず可愛げないのな」

渋々アイスコーヒーを受け取った。
なんで田村とふたりで中庭にいなきゃいけねぇんだよ。


「食堂だとほかの奴に話聞こえたらマズイかなと思って。“ほんとの狩谷くん”がバレちゃうかもだろ?」

「別に構いませんよ?詩先輩以外になに思われたって、どうでもいいですから」

「あはは!振り切ってるな」


コイツが読めない…
さっきだって近づいてきたのがわかってたから
挑発したのに

〈昨日詩先輩の家に泊まりましたし〉

それも流されてる。



「あ、タバコって平気?」

「…いいですよ」


タバコ吸うんだ。


しばらく続く沈黙。



「用ないなら行きます」

立ちあがろうとした時、田村が喋りだした。



「もう昨日みたいなことはやめとけよ」


……は?


「手段選ばないんだろうけど、自分をもっと大事にしろって」


なに言ってんの?


「おまえがどんな手を使ってでも桜井さんを離す気がないのは十分わかったけど、こんなこと繰り返してたらいつかもっとヒドイ目に遭うぞ」


なんでこんなこと言うのか、意味がわからない。


「心配しなくても、桜井さんはおまえしか見てねぇって」


ぼくから…先輩を奪おうとしてるくせに。



「…はは。なんすか、その余裕」

ずっと前を見ていた田村がぼくの方を見た。



「ぼくなんか相手にもならないですか?…まぁそう思ってもらって構いませんけど」

「は?んなことひと言も言ってねぇだろ?」


いや、ほんとは頭の片隅でわかってるんだ。

でも


「田村先輩って意外に偽善者なんですね」

わかろうとしてる思考をワザと停止させる。



「ウザイです。そういうの」


もう
期待して裏切られるのはうんざりだから。


そう…だからこうして突き放していけば傷つくことなんかない。

ぼくには先輩さえいればいいんだから。



ふーっと煙を吐いて灰皿にタバコを捨てた田村。



「出せばいいよ、そういうおまえを。それもおまえなんだから」


ドクンッ!!

予想してなかった返事がきて言葉が出ない。



1限の終礼が鳴った。

「次どこで授業?」

「…え、なんで……」

「荷物運んでやる」


まただ。


昨日みたいに心が少しあったかく感じる。

なんだよこれ。


「いいです。返してください」

「んじゃ次サボれよ」


この人…マジでなに考えてんだよ。


「C棟の302です…」

「よく言えました♪」


ぼくの少し前を歩く田村。

ぼくはなぜか…空になったアイスコーヒーのカップを捨てれなかった。