センセイは透明感ハンパない

Lサイズのゼロコーラがなくなるまで、先生は俺の話に付き合ってくれた。太陽が真上にのぼり、先生はもう帰ると言ってすっと立ち上がろうとした、
が、
ワンピースのすそがほつれた。どうやら、ベンチの木が少しささくれていたらしい。
「動かないで」
俺は腰に巻いていたシャツを、そっと先生のひざにかける。
「私、裁縫セット持ってる。こんなのすぐに直るよ」
「おそらく俺がやった方が速いです」
「え?」
「済みません。裁縫セットお借りできますか。
あと、ちょっとワンピースのすそに触れさせてください」
「……」
俺は、
先生がバッグから出した裁縫セットを頭を下げて両手で受け取り、手早く先生のワンピースのすそに待ち針を打っていく。
「器用なんだね」
「いろんなの直すの好きなんで」
「すごいね」

浮かれて針が踊るところだった。幸いにもほつれがそんなにひどくなかったので、
「帰ったらリペアに出してくださいね」と何度も先生に念を押した。シャツもお家まで巻いて帰るように言った。
「ありがとう」

先生の声がどこか軽やかに思えた。初夏の涼しい風に乗って。

先生とは自宅の最寄り駅で別れた。俺は電車を降り、先生はそのまま乗っていく。
「またね」
そう言って微笑んだ先生は、いつもよりずっとずっと綺麗に見えた。別れがたかった。
すうっと息を吸いこんだら、先生の香水の匂いがした。かき氷の透明な蜜みたいな匂い。
雑踏を抜け駅を出て、もう一度深く息を吸い込む。初夏の陽にあぶられた街路樹の匂いがした。青くて若い匂い。
(き、緊張したぁ!!)
背中に冷や汗をかいている。こ、腰が抜けそう。

気持ちを落ち着かせるために、ボディバッグからスマートフォンを取り出したら、メッセージが1件来ていた。さっきの友人からだった。
- うちのキッチンカーで買い物してくれてありがと。
(律儀だなぁ)
俺、おまえのそう言うとこ好き。
- ところでさ、
これ、おまえの先生じゃね?
SNSのアカウントのスクリーンショットらしいものが添えられていた。(え?)

俺は、その画像を二度見した。