うちの学校は東京都23区内にある私立の進学校だが、大学進学率は90パーセントと言うちょっと微妙な数字だった。
高校に入った時からしっかりと将来を見据えて大学受験や将来やりたいことの勉強に備える者、2年生の秋までは部活に打ち込む者、アルバイトに励む者、いろいろいる。
俺は1年生の頃から友人とアルバイトをしている。学校帰りに通える喫茶店で。古書店の並ぶ一角にある老舗の小さなその喫茶店の名物は、ブレンドコーヒーと、緑・青・赤・透明などのバニラアイスフロートだ。厚みのあるカツサンドやタマゴサンドも美味しい。タマゴサンドは関東風のゆでたまごをつぶしたものと、関西風のタマゴ焼きをはさんだものと2種類ある。
「大学決まった?」
友人が常連の雑誌編集者の50代半ばらしきおじさんにつかまっている。同年代の息子がいるらしい。四角の木製のテーブルに、古びて味の出た赤いソファの席。友人は180センチメートルを超える長身の俺より2センチほど背が高く、天然ふわふわの黒髪と、真っ黒な丸い目と小麦色の肌を持っていた。俺は茶色っぽい黒の髪をいつも短く刈っている。背が高くてちょっと気が弱いのでいつも猫背だ。
「大学行きたいけど、専門学校で勉強するのも良いなって思いますね」
友人は丸い銀盆を黒いエプロンの胸に抱きしめて快活に答える。中学時代は野球部だったらしい。
「どんなことを学びたいの?」
「レストランサービスと経営です」
カウンターのはしに飾ってある赤紫色の八重桜の花びらが、ひとひらふわっと落ちた。
「そのためにここでバイトしてるの?」
「それもありますし、ここ、まかないが美味くて」
店長のひょろりとした姿勢の良いおじいさんがカウンター内でニコニコしている。アルバイトの俺たちは孫のように可愛がられ、店員としてビシビシ指導されている。実際の孫は遠くに住んでいてなかなか会えないらしい。
奥の柱時計が、ボーンととぼけた音を立てた。味わいのあるとぼけ方だ。最近、またちょっと遅れてきた。面倒見なきゃ。
「きみたちが入ってから、ここもだいぶ現代的になったよ。
SNSはじめたり、ホームページ作ったり」
「それ、あいつがやりました」
友人が、他のテーブルを拭いている俺を指差す。俺は軽く右手を上げる。
「あいつネットで調べて何でもやるんですよ。こないだはソファ直してた」
「すごいな」
「本当に頼りになる孫たちですよ」
店長がニコニコしながら友人と俺を交互に見る。
「この子たちのおかげで、若いお客さんもずいぶん増えました」
「どっちかがここ継がないの?」
お客さんが俺を見た。俺は苦笑いする。
「うちは、
親が大学行ってほしいらしくって」
「それ、きみが行きたいんじゃなくて? 親のために大学行くの?」
答えられなかった。
高校に入った時からしっかりと将来を見据えて大学受験や将来やりたいことの勉強に備える者、2年生の秋までは部活に打ち込む者、アルバイトに励む者、いろいろいる。
俺は1年生の頃から友人とアルバイトをしている。学校帰りに通える喫茶店で。古書店の並ぶ一角にある老舗の小さなその喫茶店の名物は、ブレンドコーヒーと、緑・青・赤・透明などのバニラアイスフロートだ。厚みのあるカツサンドやタマゴサンドも美味しい。タマゴサンドは関東風のゆでたまごをつぶしたものと、関西風のタマゴ焼きをはさんだものと2種類ある。
「大学決まった?」
友人が常連の雑誌編集者の50代半ばらしきおじさんにつかまっている。同年代の息子がいるらしい。四角の木製のテーブルに、古びて味の出た赤いソファの席。友人は180センチメートルを超える長身の俺より2センチほど背が高く、天然ふわふわの黒髪と、真っ黒な丸い目と小麦色の肌を持っていた。俺は茶色っぽい黒の髪をいつも短く刈っている。背が高くてちょっと気が弱いのでいつも猫背だ。
「大学行きたいけど、専門学校で勉強するのも良いなって思いますね」
友人は丸い銀盆を黒いエプロンの胸に抱きしめて快活に答える。中学時代は野球部だったらしい。
「どんなことを学びたいの?」
「レストランサービスと経営です」
カウンターのはしに飾ってある赤紫色の八重桜の花びらが、ひとひらふわっと落ちた。
「そのためにここでバイトしてるの?」
「それもありますし、ここ、まかないが美味くて」
店長のひょろりとした姿勢の良いおじいさんがカウンター内でニコニコしている。アルバイトの俺たちは孫のように可愛がられ、店員としてビシビシ指導されている。実際の孫は遠くに住んでいてなかなか会えないらしい。
奥の柱時計が、ボーンととぼけた音を立てた。味わいのあるとぼけ方だ。最近、またちょっと遅れてきた。面倒見なきゃ。
「きみたちが入ってから、ここもだいぶ現代的になったよ。
SNSはじめたり、ホームページ作ったり」
「それ、あいつがやりました」
友人が、他のテーブルを拭いている俺を指差す。俺は軽く右手を上げる。
「あいつネットで調べて何でもやるんですよ。こないだはソファ直してた」
「すごいな」
「本当に頼りになる孫たちですよ」
店長がニコニコしながら友人と俺を交互に見る。
「この子たちのおかげで、若いお客さんもずいぶん増えました」
「どっちかがここ継がないの?」
お客さんが俺を見た。俺は苦笑いする。
「うちは、
親が大学行ってほしいらしくって」
「それ、きみが行きたいんじゃなくて? 親のために大学行くの?」
答えられなかった。



