〇恋は翌日、ひまりを大学の11階にある展望テラスに呼び出した。
 街並みを見下ろすテーブル席で向かい合う恋とひまり。

ひまり「どしたのよ恋、そんなに怖い顏をして。お腹痛いの?」

 ◯決心した恋が核心に触れる。

恋「あのさ、ひまりはまだ星先生のことが好き?」
ひまり「は? なによ急に。」

 ◯ひまりは不審な顔をする。

恋「私はひまりと礼央にしか恋愛リハビリのことを話していない。」
ひまり「そうなんだ。」
恋「あのSNSの投稿をしたのは先生と私の関係を知っている人じゃないかと思ってる。」

 〇ひまりは皮肉げに唇をひきつらせる。

ひまり「はーん。疑われてるんだ、あたし。」
恋「ゴメン!」
ひまり「…なんで謝るの?」
恋「私、無神経だったから。
 昔から自分のことばかり考えていて、ひまりの優しさに甘えていた。
 だから恨まれてもしょうがないと思う。」

 〇そっぽを向いたひまりが怒った口調で言う。

ひまり「…反省しなよ。」
恋「海よりも深く、山よりも高く反省する! だから許してください‼
 こんな私とこれからも親友でいてやって下さい!!」

 〇その瞬間、ケラケラ笑い出すひまり。

ひまり「ブーッ。不正解! 残念ながら犯人はあたしじゃないのよ!」
恋「エエッ⁉」
ひまり「ゴメン。恋があまりにも真剣な顏するから、あたしもつい雰囲気に乗っちゃった。」
恋「ひーまーりー!」
ひまり「ゴメンて! 」

 〇恋とひまりがわちゃわちゃとおふざけの叩き合いをする。
 
 ♢

 ◯自販機で紙パックのコーヒー牛乳を買ってひまりに渡す恋。
 ひまりも自販機で檸檬ソーダのペットボトルを買って恋に渡す。

恋「犯人探しは振り出しに戻ったけど、ひまりに恨まれてなくて良かったよ。
 疑ってゴメンね。」
ひまり「ううん。
 恋があたしを一番に疑ったのは、私のことを大切に考えてくれたからだと思う。
 逆にありがとう。」

 〇思わず泣きそうになって涙で目が曇った恋に、ひまりはニヤリと笑った。

ひまり「でも、ちょっとムカついたから帰りにケンロッキーでもおごってもらおうかな!」
恋「友情とチキンは同じ値段か…。」

 〇恋が電子マネーの残高を確認しようとスマホ画面を開く。

ひまり「あ!」

 ◯ひまりがパンと両手を叩いた。

ひまり「そういえば、初めて恋愛リハビリ話をした時にあたしが大きな声を出して驚いたから、食堂の人たちが振り向いたよね。」
恋「ひまりはリアクションの女王だからね。」
ひまり「恋の真後ろに居た女がスゴイ顏でにらんできたのが忘れられないのよ。」
恋「それ、誰?」
ひまり「事務室のお姉さん。ほら、最近入った若い方。」

 恋(事務室?)

恋「そういえばこの写真…。」

 〇改めてひまりと投稿写真を見ると、どれも大学の事務室から撮影されたような構図だった。

恋「まさか、事務室から撮影したのかな?」 
ひまり「うわ、ホントだ! めっちゃ怪しくない? あたし、事務の飯田さんと仲良しだから探りを入れてみようかな。」 
恋「うん、お願い!」

 ◯するとひまりは人差し指をスッと一本立てた。

ひまり「甘辛スパイシーチキンも追加ね!」

 ♢

星「は、葉奈乃さん、今日はどちらにドライブに行きます?
 大好きな君が望むなら宇宙にでも連れて行きますよ。ははは。」
恋「宇宙⁉ …は酸素が無いから嫌ですわ。
 わたくしは、イタリアンのレストランに行って夜景の綺麗な公園でおデートをしたいですわ。おほほ。」

 〇大学の駐車場をギクシャクしながら並んで歩く二人の耳に付いているインカムにひまりの声が流れる。

ひまり(インカムからの声)「ちょ、二人とも演技はクソか!」

 ◯恋と星先生はひまりの計画で犯人をあぶり出すためにわざとらしい恋人の演技をしている。
 横目で事務室の方を意識しながら車に歩いていると、事務室の窓が開く音がした。

ひまり(インカムからの声)「あッ、来たよ! 二人とも、もっと顔を近づけて!!」

 〇窓にはスマホのカメラをこちらに向ける人影。
 明らかに恋と星を撮影しようとしている。

人影「こんなところでイチャつく気? 懲りもしないで…。」

 〇人影が毒を吐きながらシャッター音を何回も響かせる。
 『また援交カップルが現れる』という文章とともにSNSに投稿した瞬間、その様子を窓の下に潜んでいたひまりが激写する。

ひまり「撮ったど―――‼‼」
小林「エッ⁉」

 〇犯人は若い事務員・小林だった。
 身を翻して走って逃げる小林を、すぐに窓から事務室に土足で入り込んだ恋とひまりが俊足で追いかけて取り押さえる。

恋「もと陸上部、ナメんな!」
ひまり「現行犯確保ォ―‼」

 〇玄関から事務室に入って来た星が遅れて現れて拍手する。

星「2人とも、密着警察24時みたいでカッコ良かったよ! とりあえずケガがなくて良かった。」
ひまり「いえ、犯人は大切な物を盗んでいきましたよ…それは…あなたの心だ!」
恋「それ、密着警察じゃなくてアニメな!」

 〇小林を取り押さえている隙に、事務員の飯田も走り寄ってくる。
 うなだれてその場に座り込んだ小林の前に立つ恋。

恋「いま投稿したウソの内容とアカウントを削除してください!」
小林「わ、私はただ、校内の風紀が乱れることを心配して…。」
恋「それなら、私たちを呼び出して直接言えば済む話です。
 わざわざSNSに晒して炎上させるようなマネするのは正義じゃないです‼」

 〇事務室で成り行きを見守っていた古参の事務員・飯田も合流して、小林を問い詰める。

飯田「信じられないわ。小林さん、なぜこんなことをしたの?」
小林「…私…ずっと星先生のことが好きだったんです。」
一同「エッ。」

 ◯言葉を失う一同。小林は恨めしげに乱れた髪の隙間から星先生を見上げた。

小林「星先生は、毎日私が話しかけても素っ気ない態度をするの。でも、事務室でこの子にだけは親し気に話しているのを見て腹が立ったのよ。それに食堂で星先生とつき合うようになったとか喋っている声が偶然聞こえて…我慢ができなかったわ。」
飯田「気持ちは分かるけど、アナタがやったことは人を貶める犯罪よ。」
小林「…ごめんなさい!」

 〇泣きながら星先生に頭を下げている小林を見て、恋は胸が切なくなる。
 
【恋モノローグ】
 報われない恋なのは私も同じだ。
 もし先生が私にも塩対応なら、私もこの人と同じことをしたかもしれない。

 ♢

 ◯夜。星の車の助手席。恋が星に家まで送ってもらっている。

星「葉奈乃さん、今日はすみませんでした。結局、私のトラブルに巻き込んでしまいましたね。」
恋「良いんです。そのトラブルの半分は私のせいのような気がします。」

 〇重くなる空気を変えようと明るく振舞う恋。

恋「それより先生、早く先生の好きな人に告白できるようにもっとリハビリ頑張りましょうね!」

 〇恋が鼻息を荒くしながら星先生に同意を求める。思わず星が笑う。

星「どうしたの? 急にやる気に満ちあふれてるけど。」
恋「だって、星先生の好きな人にも私が恋人だって誤解されたらややこしいじゃないですか!」
星「ああ…。」

〇車が恋の家の前で停車する。
 星先生に嫉妬する自分を見られるのが嫌で、恋は車のドアを開けて外に出る。
 そして窓ごしに星にペコリと頭を下げる。 

恋「私の力は微々たるものですが、先生のためにベストを尽くします!
 これからもよろしくお願いします‼」

 〇運転席から降りて来た星。
 恋の後ろのコンクリートの塀に壁ドンして恋の耳元で囁く。

星「ありがとう。葉奈乃さんのそういうところ、好きだよ。」
恋「あわわ…。」

 〇腰が抜ける恋とそんな恋の様子に困った子犬のように恥じらう星。

星「私も少しはリハビリの成果を見せないとね。」

◯耳まで真っ赤になる恋。
恋(これ絶対にヒロインが好きになっちゃうヤツじゃん! 伸びしろしかないわ‼)