なるほど、と春奈は想像した。小綺麗な女の人が、ガシャーンとお皿をひっくり返す。ふむふむ。確かにインパクトありそう。
「わかった。ミネさんと相談して、綺麗な恰好する」
「叔母さんからも、そう言われてたんでしょ。丸く収まるじゃない。で、春奈はいつも通りにやって失敗して、見合いは破談」
「友恵、すごいね、友恵に話したら、随分気がらくになったよ」
「いやいや。じゃあ、私、そろそろお風呂入るから、また明日ね」
「うん。またね」
電話は切れて、春奈は、そうか失敗すればいいのか、と安堵のため息をもらした。
「ミネさん、おかしくないかな?」
日曜日。お見合いの当日となった。割烹着を着て、庭の草むしりをしていたミネさんに、春奈は声をかけた。
「ああ、いいじゃないですか」
今年、七十歳になるミネさんは、家政婦のエキスパートだ。春奈が子どもの頃には、もうこの家に来ていた。しかし、最近は、腰を悪くしていて、あまり長時間、家事ができない。そこを踏まえて、週に一回、春奈が手が回らない家事をフォローしてもらう事にしている。
週に一回なんて、お給料いりません!とミネさんは言うのだが、そういう訳にもいかないので、きちんとお給料は支払っている。祖母がいたころに比べたら微々たるものだが、こういう事はやっぱりきちんとしておきたい。
春奈は、ミネさんから、いいと言われた自分の姿を、改めて鏡で見てみる。ラベンダー色のシフォンのワンピース。白の水玉がアクセントに入っている。襟ぐりはスクエアカットで、きちんとした装いに見えそうだ。
「ああ、春奈さん、ちょっとお待ちください」
ミネさんが縁側からあがって、祖母が使っていた部屋に入っていく。
春奈の前に戻ってくると、手にしていたものを春奈の首につけた。
鏡を見ると、春奈は、パールのネックレスをしていた。パールの白が、ラベンダーのワンピースの色によく映える。フォーマル感が、ぐっと増した。
「奥様のものですよ。この姿、お見せしてあげたいですねえ」
ミネさんは、よくこんな風に、さっと祖母のものを春奈の目の前に出してきてくれる。秋江は、祖母が亡くなって、金目のものを持ち出したが、本当にいいものは、見つけだしていない。祖母亡きあと、知ってるのは、ミネさんだけなのだ。私がここを去る時に全て春奈さんに教えていきますから、とよくミネさんは言う。
「そうね…きっとおばあちゃん、見てるんじゃないかな」
そうですね、とミネさんは微笑んだあと、春奈さん、と声を改めた。
「今日のお見合いで、お相手が春奈さんの好みの男性だったらどうします?」
「へっ?」
「そういうことだってありますでしょう。恋はいつの間にか落ちるものです」
「いやいや…そんなことは、ないんじゃないかなあ」
「気に入らなかったら、失敗してもいいですが、気に入ったら」
「気に入ったら?」
ミネさんが、ぐっと声に力を入れたので、思わず聞き返した。
「私を離さないで、って言ったらいいですよ」
えー、と春奈は、声をあげた。気にいることはないだろう、という気が100%する。
玄関で靴を履き、ドアを開けると、外は快晴だった。なんだかうまく失敗できそうな気がしてきて、春奈は軽やかに家を出た。
中崎ホテルに到着して、ロビーに行くと、いつもの巻き髪を夜会巻きにした秋江がいた。しとやかに和服を着ている。
「春奈、こっちよ」
「…こんにちわ」
「あら、馬子にも衣裳じゃない。悪くないわ」
と、秋江は言うが、秋江の目論見を知っていると褒められても素直に喜べない。春奈は、薄く微笑むにとどめた。
ロビーのソファに腰かけていると、長身のスーツ姿の男性が現れた。
「…片岡さん、ですか」
「あら。広野さん?」
秋江が立ち上がり、春奈も立たせられた。
「すみません、実は母が急病で来られなくなってしまって。僕だけできました。無礼をお許しください」
広野と呼ばれた男性はすんなり頭を下げた。
「まあ、そうでしたか。お母さま、心配ですね」
「ありがとうございます。それで…どうでしょう。よかったら、春奈さんと二人だけで食事をしたいのですが…」
確かに、2対1だとバランスが悪い。
「え、あら、そうですの…そうね、当事者同士で仲良くお食事されたらいいわ」
今日の見合いを仕切る気まんまんだったであろう、秋江は声に落胆をにじませていたけれど、しぶしぶ承諾した。広野からの申し出を無下にもできないからだ。
「じゃあ…早速ですが、行きましょうか、春奈さん」
春奈の目を見て、言われた。広野の眼鏡の奥の目は優しそうに細められている。よく見ると、すっきりしたいい顔立ちだ。
「は、はい…」
シュミレーションしてきた流れとは違ってきたので、とりあえず広野についていく形になる。
中崎ホテルの中の和食の料亭に、二人で入る。案内された部屋は個室で、向かい合わせで座った。これから和食の懐石料理のコースが振舞われるらしい。
広野は、お茶を持ってきた中居に言った。
「ビールをグラスで。春奈さんも飲む?」
「え?いえ…私は、お茶でいいです…」
思いがけない提案に、きょとん、としてしまう。そんな春奈を、広野は、ふっと笑った。
「二人だけだし、そんなにかしこまらなくてもいいよね。実はね、さっきの母が急病っての嘘なんだ」
「え、ええ?」
思わず声が裏返る。
「親とか親戚がいたんじゃ、くつろげないじゃない?お見合いってカチカチになって
る時間がすごい無駄だと思うんだ。リラックスしてないと、本来の自分を出せないよね。うちの親にそう言ったら、好きにしなさいってさ」
「そ、そうでしたか」
おかしな展開になってきた。お互いカチカチな瞬間だからこそ、失敗もしやすいというもの。くつろいでしまったら、失敗する間合いがとれないのでは。広野から見合いを断られたい春奈は予想外の流れに戸惑っている。
そうこうしている内にどんどん料理が並んでいった。
「ここ、前にも来たことあるけど、料理、美味しいよ。早速、いただこう」
「はい…」
確かに。目の前に並ぶ料理は、どれもこじんまりと美しく盛られていて、小食の春奈でも、さくさく食べられそうだ。
祖母の介護生活が長くて、外食なんて久しぶりだった春奈には、料理が輝いて見えた。
それから、しばらくして、広野がくすっと笑った。
「春奈さん、食べっぷりがいいねえ」
は!と春奈は我にかえった。美味しい、これも美味しい、と食べていたら、失敗する予定をすっかり忘れていた。気が付けば目の前の料理を綺麗にたいらげている。
わ、私ったら、なんて口いやしいっ…!
かあっ、と顔を赤くしていたら、広野がごめん、と言った。
「食べっぷりなんて、女子に言っちゃダメなワードだよね。うちにいる猫が食べる感じに似てたから、つい、言っちゃった」
「ね、猫…?」
春奈の耳が、それこそ猫の耳のように、ピンと反応した。飼ってはいないけれど、春奈は動物が好きだ。スマホも動物の動画や写真を見るためだけに持っていると言っても過言ではない。
春奈のアンテナが立ったのが、広野にも伝わったようだ。
「あ、春奈さんも猫好き?うちのやつの写真、見る?」
「はい!」
「わかった。ミネさんと相談して、綺麗な恰好する」
「叔母さんからも、そう言われてたんでしょ。丸く収まるじゃない。で、春奈はいつも通りにやって失敗して、見合いは破談」
「友恵、すごいね、友恵に話したら、随分気がらくになったよ」
「いやいや。じゃあ、私、そろそろお風呂入るから、また明日ね」
「うん。またね」
電話は切れて、春奈は、そうか失敗すればいいのか、と安堵のため息をもらした。
「ミネさん、おかしくないかな?」
日曜日。お見合いの当日となった。割烹着を着て、庭の草むしりをしていたミネさんに、春奈は声をかけた。
「ああ、いいじゃないですか」
今年、七十歳になるミネさんは、家政婦のエキスパートだ。春奈が子どもの頃には、もうこの家に来ていた。しかし、最近は、腰を悪くしていて、あまり長時間、家事ができない。そこを踏まえて、週に一回、春奈が手が回らない家事をフォローしてもらう事にしている。
週に一回なんて、お給料いりません!とミネさんは言うのだが、そういう訳にもいかないので、きちんとお給料は支払っている。祖母がいたころに比べたら微々たるものだが、こういう事はやっぱりきちんとしておきたい。
春奈は、ミネさんから、いいと言われた自分の姿を、改めて鏡で見てみる。ラベンダー色のシフォンのワンピース。白の水玉がアクセントに入っている。襟ぐりはスクエアカットで、きちんとした装いに見えそうだ。
「ああ、春奈さん、ちょっとお待ちください」
ミネさんが縁側からあがって、祖母が使っていた部屋に入っていく。
春奈の前に戻ってくると、手にしていたものを春奈の首につけた。
鏡を見ると、春奈は、パールのネックレスをしていた。パールの白が、ラベンダーのワンピースの色によく映える。フォーマル感が、ぐっと増した。
「奥様のものですよ。この姿、お見せしてあげたいですねえ」
ミネさんは、よくこんな風に、さっと祖母のものを春奈の目の前に出してきてくれる。秋江は、祖母が亡くなって、金目のものを持ち出したが、本当にいいものは、見つけだしていない。祖母亡きあと、知ってるのは、ミネさんだけなのだ。私がここを去る時に全て春奈さんに教えていきますから、とよくミネさんは言う。
「そうね…きっとおばあちゃん、見てるんじゃないかな」
そうですね、とミネさんは微笑んだあと、春奈さん、と声を改めた。
「今日のお見合いで、お相手が春奈さんの好みの男性だったらどうします?」
「へっ?」
「そういうことだってありますでしょう。恋はいつの間にか落ちるものです」
「いやいや…そんなことは、ないんじゃないかなあ」
「気に入らなかったら、失敗してもいいですが、気に入ったら」
「気に入ったら?」
ミネさんが、ぐっと声に力を入れたので、思わず聞き返した。
「私を離さないで、って言ったらいいですよ」
えー、と春奈は、声をあげた。気にいることはないだろう、という気が100%する。
玄関で靴を履き、ドアを開けると、外は快晴だった。なんだかうまく失敗できそうな気がしてきて、春奈は軽やかに家を出た。
中崎ホテルに到着して、ロビーに行くと、いつもの巻き髪を夜会巻きにした秋江がいた。しとやかに和服を着ている。
「春奈、こっちよ」
「…こんにちわ」
「あら、馬子にも衣裳じゃない。悪くないわ」
と、秋江は言うが、秋江の目論見を知っていると褒められても素直に喜べない。春奈は、薄く微笑むにとどめた。
ロビーのソファに腰かけていると、長身のスーツ姿の男性が現れた。
「…片岡さん、ですか」
「あら。広野さん?」
秋江が立ち上がり、春奈も立たせられた。
「すみません、実は母が急病で来られなくなってしまって。僕だけできました。無礼をお許しください」
広野と呼ばれた男性はすんなり頭を下げた。
「まあ、そうでしたか。お母さま、心配ですね」
「ありがとうございます。それで…どうでしょう。よかったら、春奈さんと二人だけで食事をしたいのですが…」
確かに、2対1だとバランスが悪い。
「え、あら、そうですの…そうね、当事者同士で仲良くお食事されたらいいわ」
今日の見合いを仕切る気まんまんだったであろう、秋江は声に落胆をにじませていたけれど、しぶしぶ承諾した。広野からの申し出を無下にもできないからだ。
「じゃあ…早速ですが、行きましょうか、春奈さん」
春奈の目を見て、言われた。広野の眼鏡の奥の目は優しそうに細められている。よく見ると、すっきりしたいい顔立ちだ。
「は、はい…」
シュミレーションしてきた流れとは違ってきたので、とりあえず広野についていく形になる。
中崎ホテルの中の和食の料亭に、二人で入る。案内された部屋は個室で、向かい合わせで座った。これから和食の懐石料理のコースが振舞われるらしい。
広野は、お茶を持ってきた中居に言った。
「ビールをグラスで。春奈さんも飲む?」
「え?いえ…私は、お茶でいいです…」
思いがけない提案に、きょとん、としてしまう。そんな春奈を、広野は、ふっと笑った。
「二人だけだし、そんなにかしこまらなくてもいいよね。実はね、さっきの母が急病っての嘘なんだ」
「え、ええ?」
思わず声が裏返る。
「親とか親戚がいたんじゃ、くつろげないじゃない?お見合いってカチカチになって
る時間がすごい無駄だと思うんだ。リラックスしてないと、本来の自分を出せないよね。うちの親にそう言ったら、好きにしなさいってさ」
「そ、そうでしたか」
おかしな展開になってきた。お互いカチカチな瞬間だからこそ、失敗もしやすいというもの。くつろいでしまったら、失敗する間合いがとれないのでは。広野から見合いを断られたい春奈は予想外の流れに戸惑っている。
そうこうしている内にどんどん料理が並んでいった。
「ここ、前にも来たことあるけど、料理、美味しいよ。早速、いただこう」
「はい…」
確かに。目の前に並ぶ料理は、どれもこじんまりと美しく盛られていて、小食の春奈でも、さくさく食べられそうだ。
祖母の介護生活が長くて、外食なんて久しぶりだった春奈には、料理が輝いて見えた。
それから、しばらくして、広野がくすっと笑った。
「春奈さん、食べっぷりがいいねえ」
は!と春奈は我にかえった。美味しい、これも美味しい、と食べていたら、失敗する予定をすっかり忘れていた。気が付けば目の前の料理を綺麗にたいらげている。
わ、私ったら、なんて口いやしいっ…!
かあっ、と顔を赤くしていたら、広野がごめん、と言った。
「食べっぷりなんて、女子に言っちゃダメなワードだよね。うちにいる猫が食べる感じに似てたから、つい、言っちゃった」
「ね、猫…?」
春奈の耳が、それこそ猫の耳のように、ピンと反応した。飼ってはいないけれど、春奈は動物が好きだ。スマホも動物の動画や写真を見るためだけに持っていると言っても過言ではない。
春奈のアンテナが立ったのが、広野にも伝わったようだ。
「あ、春奈さんも猫好き?うちのやつの写真、見る?」
「はい!」



