御曹司の甘いささやきと、わたし

 美しい夕焼けを、車窓越しに見て、ゆっくりと夜が近づいてきた。藤原とも話が弾んだ。特に藤原の子どもの頃の話が面白かった。今では、何でもできそうな藤原だったが、小さい時は、兄の雄一さんには全く敵わず、随分、悔しい想いをしたそうだ。
 春奈は悔しそうに泣いているチビ藤原を想像し、思わず抱きしめたくなった。
「今、何考えた」
と、藤原がするどいツッコミをしてくる。
 抱きしめたくなったと言うのは恥ずかしくて、いえ何にも、怪しいな、などとじゃれていると、夕食となった。
 懐石料理のコースが、時間をかけて客室に運びこまれる。
 きっとお料理も美味しいだろうな、と思っていたら、これまた想像を遥かに上回っていた。とんでもない贅沢をしている、何かバチが当たりそう、と言うと藤原が心配性、と笑った。
 食事がすみ、バーで藤原と過ごす。藤原は美味しそうにウィスキーを飲み、春奈はノンアルコールのカクテルを作ってもらってつきあった。
 バーから客室に帰ってきて、ドアを閉める時、藤原と至近距離になった。ほんの少しお酒の匂いがした。
 この列車には、浴槽はないけれど、シャワールームが客室についている。藤原、春奈の順でシャワーを浴びる。春奈は家とは違うボディシャンプーの香りを楽しんだ。
 髪の毛を乾かしてベッドの所にくると、藤原は仰向けになって本を読んでいた。パジャマ姿の春奈は、アラームの設定をしようとスマホをバックから取り出した。
「えっと何時にしようかな…」
「うん?明日、何かあるのか?」
 春奈は、カフェで会ったはなと約束した事を話した。
「すごく綺麗な人なんです。同性なのに、見とれちゃうくらい」
 そう言うと、す、と藤原の手が頬に触れた。
「春奈さんも、すごく綺麗だよ。自分ではわからない?」
 熱くうるんだ目の藤原に言われ、春奈自身もぼうっと熱を帯びてくる。春奈は頷く。
「馬鹿だな。こんなに綺麗なのに」
 頬を触っていた指先が、唇に移動する。は、と春奈の吐息が唇から漏れる。次の瞬間、藤原は、春奈の唇に自分のそれを重ねた。
 藤原は、何度も角度を変えながら、春奈に長いキスをした。首筋に唇が触れ、きゃっと春奈が小さく叫んだ瞬間、藤原の手がパジャマの中にすべりこんだ。ゆっくりと胸をもまれて、身体がびくん、と跳ねあがる。藤原に指先に翻弄されている内に、いつのまにかパジャマははぎとられていた。ブラのホックも外され、露わになった胸を思わず春奈が腕で隠そうとする。だが、その手もどかされ、藤原が胸の頂を吸った。
 鋭い快感が走り、春奈は、シーツの上で頭を揺らした。それだけでも息が切れていた春奈だったが、今日はまだ先があった。
「俺、春奈を抱くよ。いい?」
 かすれた声で、藤原が言った。春奈は、覚悟を決めて、こくんと頷いた。静かに、春奈のショーツの中に藤原の指が入り込んできた。熱い場所に指を突き立てられ、春奈は今まで感じたことのない、快感に声をあげた。慌てて口を手で抑えるが、藤原から
「抑えなくていいから」
 と、ささやかれる。その際も藤原の指は春奈の中でうごめき、切ない声を出す羽目になった。やがて、藤原は、春奈の反応を伺いながら、そっと入り込んできた。痛みはあったが、藤原とひとつになれる方が嬉しかった。しばらくすると痛みは去り、甘い疼きに翻弄された。
 事が終わった後、藤原は言った。
「ずっと春奈って呼びたかったんだ。俺のことも、敏樹、と呼んでほしい」
 春奈は、シーツの隙間から、藤原の顔を見上げた。まだ恥ずかしくて、シーツをかぶったままでいる。
「と…敏樹さん」
 飛び出した言葉が、口の中を甘くする。藤原も目を細める。そうして春奈もこうなることを望んでたんだ、と改めて自分で認めた。
 もう何時間も経っていて、夜が開けそうと思ったが、時計の針はそんなに進んでいなかった。隣で腕枕をしている敏樹が、静かに寝息を立て始める。
「敏樹さん…大好き」
 頬にそっとキスをして、敏樹には好きだと言われてないことに気づく。
 こんな事になったからって…欲張りだな、私。
 一瞬、一瞬を、大事にすればいい、そう自分に言い聞かせた。

 翌朝。客室に運ばれた朝食のオムレツが美味しくて、春奈は、こんなの作れるようになりたい!と思わず叫んだ。藤原に、期待してるよ、と微笑まれる。
 何となく、昨日、結ばれた分、二人の間の雰囲気が甘い気がする。それとも現実感なくふわふわと浮いているような気がしているのは自分だけなんだろうか、と春奈は思った。
 しばらくして、はなとの約束を思い出し、藤原に断ってカフェへ行く。俺も行こうかな、と藤原は言ったが、春奈は、女子会だからダメです、と言って逃げた。せっかく化粧してもらうんだから、藤原を驚かせたいのだ。
 カフェで席についてはなを待っていると、すぐにメイクボックスを抱えたはながやってきた。二人で、コーヒーを注文する。
「おまたせ。じゃあ、早速はじめようか」
 かちゃかちゃと音を立てて、メイクボックスが開かれ、何段もある小さな引き出しにたくさんのメイク道具が詰まっている。
「こんなにたくさん色があったら、迷いませんか?」
 春奈の化粧ポーチとは違いすぎて、思わず言ってしまった。
「何言ってるの。ピンクや赤だけで何十種類もあるのに。そこを生かすのが私の役目よ」
 そう言いながら、手早く、はなは、春奈の顔に下地を伸ばしていく。目にアイラインを入れたり、何色もアイシャドウを重ねたりと、春奈がしたことのない技が繰りだされていって、目を見張るばかりだ。
 最後にリップを丁寧に塗られて、どう?とはなにきかれた。
「あ…!」
 正直、春奈は、自分が、化粧映えするとは思ったことがなかった。自分でやるとどうしても油絵の癖が出てしまって、トゥーマッチになってしまう。化粧は、あっさりでいいや、と思っていた。しかし。鏡の中の自分は、今まで全く会ったことのない自分で、思わず口をぽかんと開けてしまった。
「うん、可愛い。可愛い」
 はなが満足そうに言った瞬間、カフェのドアが開いた。
「春奈、スマホ忘れてたぞ」
 敏樹が、やってくる。春奈は、あ、藤原さんに見てもらわなくちゃ、と思った。
 ところが、すぐに椅子が動く音がした。化粧をした春奈の目の前を、はなが駆ける。
 はなは、思いっきり大胆に、藤原に抱きついた。
「敏樹…!会いたかった!」
 ぎゅっと抱きついて、そのままの姿勢で、はなが藤原の顔を見つめる。
「誰…いや、ルリさん…ですか?」
「そうよ。髪の毛の色が違ったくらいで忘れないで」
「いや、忘れるも何も…はは、ほんとだ、ルリさんだ」
 敏樹が朗らかに笑っている。その様子から旧知の仲だと分かる。
 ルリさんって…あの白のワンピースの人で…そうだ、あの埋められた絵のモデルのひとで…敏樹さんのお兄さんの元婚約者だ!
 パズルのピースを埋めていくように情報を重ねていく。
 ルリは、やっと敏樹から身体を離した。
「ふふっ。敏樹も、大人になったわね。婚約者を連れてるなんて」
「っと、春奈?そうか、メイクしてもらったんだな」
「そうよ。私、腕をあげたでしょう?もうプロのメイクアップアーティストよ。明日は、鮎川ひろみのメイクをするんだから」