その言葉に嘘がないような気がして、春奈は胸が弾んだ。頑張らなきゃ。
しばらくして、藤原の家にたどり着いた。春奈が倒れて介抱されたあの家だ。来る途中に聞いたのだが、藤原のご両親は、アメリカで暮らしているのだそうだ。すっかり居着いてしまって滅多にこの家に戻ることはない。それも、同居に踏み切れた原因の一つのようだ。
「リビングはもう知ってるから、先に春奈さんの部屋を案内して、荷物を運びこもうか」
藤原は段ボールを軽々とかつぎ、歩いて行く。春奈も段ボールを抱え、ついて行った。
「ここ、なんだけど」
藤原がドアを開け、床に荷物を下ろし、春奈に部屋に入るように促した。
庭に面した窓から陽光がたくさん降り注いでいる、広い部屋だ。それだけでもありがたいのに…それを見て、春奈は口を開けた。
「え、これって…」
窓の側には、なんと天蓋付きベッドが置かれていたのだ。天蓋からつるされた薄いレースのカーテンは白で、ベッドを真ん中に、四本の柱が立っているタイプだ。
こんなの映画でしか観たことがない、と思わず見入ってしまった。
「どうかな、春奈さん、気に入った?」
藤原が心配そうな声を出す。
「すごく…すごく素敵です」
こんな豪華なベッドに寝られるなんて、夢みたいだった。祖母の介護と肖像画描きに追われていた日々は、自分の部屋を模様替えする余裕もなかった。
「座ってみても、いいですか?」
「もちろん。春奈さんのベッドだよ」
そっと真っ白なシーツの上に腰をおろした。スプリングがきいていて、いかにもぐっすり眠れそうだ。吊るされたカーテンもするすると触り心地がよくて、頬ずりしたいくらいだ。
藤原が、この部屋を気に入るよう、心を砕いてくれたのがよく解った。
「なんて御礼を言っていいか、私…」
「いや…春奈さんが少しでもこの家に長くいてもらえるように、っていう苦肉の策だよ」
藤原の親切心は、天井知らずに違いない。人を喜ばせるのが先天的に好きなのだ。そういう資質があるからこそ若くして社長業も務められるのだろう。いつも藤原が春奈のためにしてくれることに驚かされる。だが、驚くだけじゃなくて、じんわりとした喜びに包まれる。藤原の親切は押しつけではなくて、もっと春奈に寄り添ったやわらかいものだ。
だから、こんな時、いつも藤原はドヤ顔をせず、心配そうに春奈を見守っている。
その心配を消したくて、春奈は満面の笑みで言った。
「藤原さん、本当にありがとうございます。私、嬉しいです」
「そうか。よかった」
藤原が嬉しそうに笑った。その喜びが春奈に伝染して、さらに嬉しくなる。あまりの嬉しさにぼうっとなっていたが、荷物をほどかなくてはいけないのに気づいた。
早速段ボール箱を開けていると、藤原が言った。
「春奈さん、一時間くらいで、荷ほどきは終わる?」
「はい。大丈夫と思います」
友恵に手伝ってもらって荷物を減らしたので、そう時間はかからないはず。
「わかった。そしたら、業者が来ることになってるから。対応してくれる?」
「はあ…」
業者ってなんの?と思ったが、藤原は部屋を出て行ってしまった。春奈の荷物を覗き見するのは失礼と思ったのだろう。
広すぎるクローゼットに持ってきた服をかけると、ほぼすることはなくなった。
部屋には年代物とわかるチェストもあって、これも車の中で藤原に使っていいと言われていた。小物もそこにしまい、荷ほどきは終了した。
もちろん、チェストの引き出しも二段ほど余ってしまった。何をこれから詰めていこうか、そんなわくわくした気持ちになった。
春奈は、きょろきょろ辺りを見回して、藤原が来ないことを確かめると、思い切って天蓋付きベッドにダイブした。スプリングが弾んで、心地いい。
「ふふふ。楽しい…」
そんな風にベッドを可愛がっていると、ドアをノックする音がした。春奈は、慌てて起き上がり、髪の毛を整えた。藤原だろう。
ところが。ドアを開けて入ってきたのは、春奈の全く知らない男性だった。高級そうなスーツを着ている。
「片岡春奈様でしょうか?」
四十代くらいの男性はぴしっと背筋を伸ばして恭しい口調で言った。
「私、高階デパートの外商担当の江崎、と申します」
「は、はい」
何が起こっているのかわからず固まってしまう。
「今日は、当店の商品を吟味していただけるということで、いろいろとお持ちしました。お気に召されるものがあるといいのですが…」
江崎がそう言った途端、小柄な女性が、ハンガーラックを押して、部屋に入ってきた。
「こちらのお洋服を好きなだけ、選んでいただいてよい、と藤原様から伺っております。
ぜひ、お手にとってお選びください」
春奈は、まだ飲み込めずきょとんとしながら、ハンガーラックに目をやった。
いろろりどりの、高級そうな服が並んでいる。
「どれからご試着されますか?」
江崎にずい、と詰め寄られて、春奈は半歩引いた。
「あ、あの…」
「あ、失礼しました。私がいては着替えられませんね。ご相談はこちらの大杉に。私は退室しますので、ごゆっくりご検討ください。もちろん全部ご購入でもいいと承っております」
「こうにゅう?」
ますます目が点になる。江崎から引きつがれた大杉という女性が言った。
「片岡様、ご婚約者の藤原社長から愛されてらっしゃいますね。藤原様からオーダーされることは多いですが、こんな風に女性にプレゼントされるのは初めてです」
「プレゼント?!」
春奈は目を見張った。では、この高級そうな服たちをどれでも春奈が選んでもいい、ということなのだ、とやっと理解できた。
「そんな…こんな…申し訳なくて…」
天蓋付きベッドだけでも幸福感であふれたのに、さらに素敵な洋服たちまでプレゼントされてしまった。
どういう対応をすればいいのか、思わず大杉の方を見る。大杉は、にっこりと笑った。
「わかります。プレゼントがすごすぎて、どうすればいいかわからない時ってありますよね」
「そ、そうなんです。私、驚いてしまって」
「そうですね。でも、片岡様。贈られる方は、片岡様が喜んでくれるのが一番嬉しいんです。遠慮したら藤原様が悲しみます。ここは思い切って、有頂天で試着するべきです」
「う、有頂天…」
おずおずとハンガーラックの服の前に立つと、春奈が藤原の前で着たことのあるワンピースと似たタイプの服があった。ただ高級なものをあてがわれたのではなく、春奈へのチョイスなのだ、とわかった。胸が弾まない、わけがない。
春奈は天蓋付きベッドにダイブしたように、素敵な服の海へダイブすることにした。
「今日は、藤原さんに驚かされてばかりでした」
夜になって、春奈はリビングのダイニングテーブルに料理を並べながら、言った。
藤原は、ソファで見ていたノートパソコンを閉じ、立ち上がった。
「そう?春奈さんが喜べばいいな、と思って。大丈夫だったかな、俺、センス悪いとか思われてない?」
「そんなこと、思いません」
結局、春奈は大杉と一緒に服をみてもらって十着ほどよそ行きの服を選んだ。私は家で仕事するので、ともらしたら、カジュアルラインも用意されていて、さらに五着ほどもらってしまった。
しばらくして、藤原の家にたどり着いた。春奈が倒れて介抱されたあの家だ。来る途中に聞いたのだが、藤原のご両親は、アメリカで暮らしているのだそうだ。すっかり居着いてしまって滅多にこの家に戻ることはない。それも、同居に踏み切れた原因の一つのようだ。
「リビングはもう知ってるから、先に春奈さんの部屋を案内して、荷物を運びこもうか」
藤原は段ボールを軽々とかつぎ、歩いて行く。春奈も段ボールを抱え、ついて行った。
「ここ、なんだけど」
藤原がドアを開け、床に荷物を下ろし、春奈に部屋に入るように促した。
庭に面した窓から陽光がたくさん降り注いでいる、広い部屋だ。それだけでもありがたいのに…それを見て、春奈は口を開けた。
「え、これって…」
窓の側には、なんと天蓋付きベッドが置かれていたのだ。天蓋からつるされた薄いレースのカーテンは白で、ベッドを真ん中に、四本の柱が立っているタイプだ。
こんなの映画でしか観たことがない、と思わず見入ってしまった。
「どうかな、春奈さん、気に入った?」
藤原が心配そうな声を出す。
「すごく…すごく素敵です」
こんな豪華なベッドに寝られるなんて、夢みたいだった。祖母の介護と肖像画描きに追われていた日々は、自分の部屋を模様替えする余裕もなかった。
「座ってみても、いいですか?」
「もちろん。春奈さんのベッドだよ」
そっと真っ白なシーツの上に腰をおろした。スプリングがきいていて、いかにもぐっすり眠れそうだ。吊るされたカーテンもするすると触り心地がよくて、頬ずりしたいくらいだ。
藤原が、この部屋を気に入るよう、心を砕いてくれたのがよく解った。
「なんて御礼を言っていいか、私…」
「いや…春奈さんが少しでもこの家に長くいてもらえるように、っていう苦肉の策だよ」
藤原の親切心は、天井知らずに違いない。人を喜ばせるのが先天的に好きなのだ。そういう資質があるからこそ若くして社長業も務められるのだろう。いつも藤原が春奈のためにしてくれることに驚かされる。だが、驚くだけじゃなくて、じんわりとした喜びに包まれる。藤原の親切は押しつけではなくて、もっと春奈に寄り添ったやわらかいものだ。
だから、こんな時、いつも藤原はドヤ顔をせず、心配そうに春奈を見守っている。
その心配を消したくて、春奈は満面の笑みで言った。
「藤原さん、本当にありがとうございます。私、嬉しいです」
「そうか。よかった」
藤原が嬉しそうに笑った。その喜びが春奈に伝染して、さらに嬉しくなる。あまりの嬉しさにぼうっとなっていたが、荷物をほどかなくてはいけないのに気づいた。
早速段ボール箱を開けていると、藤原が言った。
「春奈さん、一時間くらいで、荷ほどきは終わる?」
「はい。大丈夫と思います」
友恵に手伝ってもらって荷物を減らしたので、そう時間はかからないはず。
「わかった。そしたら、業者が来ることになってるから。対応してくれる?」
「はあ…」
業者ってなんの?と思ったが、藤原は部屋を出て行ってしまった。春奈の荷物を覗き見するのは失礼と思ったのだろう。
広すぎるクローゼットに持ってきた服をかけると、ほぼすることはなくなった。
部屋には年代物とわかるチェストもあって、これも車の中で藤原に使っていいと言われていた。小物もそこにしまい、荷ほどきは終了した。
もちろん、チェストの引き出しも二段ほど余ってしまった。何をこれから詰めていこうか、そんなわくわくした気持ちになった。
春奈は、きょろきょろ辺りを見回して、藤原が来ないことを確かめると、思い切って天蓋付きベッドにダイブした。スプリングが弾んで、心地いい。
「ふふふ。楽しい…」
そんな風にベッドを可愛がっていると、ドアをノックする音がした。春奈は、慌てて起き上がり、髪の毛を整えた。藤原だろう。
ところが。ドアを開けて入ってきたのは、春奈の全く知らない男性だった。高級そうなスーツを着ている。
「片岡春奈様でしょうか?」
四十代くらいの男性はぴしっと背筋を伸ばして恭しい口調で言った。
「私、高階デパートの外商担当の江崎、と申します」
「は、はい」
何が起こっているのかわからず固まってしまう。
「今日は、当店の商品を吟味していただけるということで、いろいろとお持ちしました。お気に召されるものがあるといいのですが…」
江崎がそう言った途端、小柄な女性が、ハンガーラックを押して、部屋に入ってきた。
「こちらのお洋服を好きなだけ、選んでいただいてよい、と藤原様から伺っております。
ぜひ、お手にとってお選びください」
春奈は、まだ飲み込めずきょとんとしながら、ハンガーラックに目をやった。
いろろりどりの、高級そうな服が並んでいる。
「どれからご試着されますか?」
江崎にずい、と詰め寄られて、春奈は半歩引いた。
「あ、あの…」
「あ、失礼しました。私がいては着替えられませんね。ご相談はこちらの大杉に。私は退室しますので、ごゆっくりご検討ください。もちろん全部ご購入でもいいと承っております」
「こうにゅう?」
ますます目が点になる。江崎から引きつがれた大杉という女性が言った。
「片岡様、ご婚約者の藤原社長から愛されてらっしゃいますね。藤原様からオーダーされることは多いですが、こんな風に女性にプレゼントされるのは初めてです」
「プレゼント?!」
春奈は目を見張った。では、この高級そうな服たちをどれでも春奈が選んでもいい、ということなのだ、とやっと理解できた。
「そんな…こんな…申し訳なくて…」
天蓋付きベッドだけでも幸福感であふれたのに、さらに素敵な洋服たちまでプレゼントされてしまった。
どういう対応をすればいいのか、思わず大杉の方を見る。大杉は、にっこりと笑った。
「わかります。プレゼントがすごすぎて、どうすればいいかわからない時ってありますよね」
「そ、そうなんです。私、驚いてしまって」
「そうですね。でも、片岡様。贈られる方は、片岡様が喜んでくれるのが一番嬉しいんです。遠慮したら藤原様が悲しみます。ここは思い切って、有頂天で試着するべきです」
「う、有頂天…」
おずおずとハンガーラックの服の前に立つと、春奈が藤原の前で着たことのあるワンピースと似たタイプの服があった。ただ高級なものをあてがわれたのではなく、春奈へのチョイスなのだ、とわかった。胸が弾まない、わけがない。
春奈は天蓋付きベッドにダイブしたように、素敵な服の海へダイブすることにした。
「今日は、藤原さんに驚かされてばかりでした」
夜になって、春奈はリビングのダイニングテーブルに料理を並べながら、言った。
藤原は、ソファで見ていたノートパソコンを閉じ、立ち上がった。
「そう?春奈さんが喜べばいいな、と思って。大丈夫だったかな、俺、センス悪いとか思われてない?」
「そんなこと、思いません」
結局、春奈は大杉と一緒に服をみてもらって十着ほどよそ行きの服を選んだ。私は家で仕事するので、ともらしたら、カジュアルラインも用意されていて、さらに五着ほどもらってしまった。



