晴大は相変わらず人気なようで、〝格好良くて成績が良くてスポーツもできる、完璧!〟という噂は学校中に広まっていた。同じクラスになった生徒はなぜか自慢していたし、体育祭でも彼のいるチームの成績は良かった。
そんなんだから当然、晴大のことが気になる、という友人たちの声を舞衣を含めいくつも聞いた。ほとんどは女同士で話しているだけだったけれど、何人かは告白しようとしていた。
「でも渡利君っていつも誰かと一緒やし、あんまり見かけへんしなぁ」
「休み時間に、授業終わった瞬間に走ったら間に合うんちゃう?」
「緊張するわぁ……どうしよう……ちゃんと喋れるかなぁ」
晴大が普段の休み時間にどう過ごしているのかは知らないけれど、楓花は稀に放課後に一緒に他の生徒から隠れている。けれどそれは言うわけにはいかないし、言ってしまうとおそらく、楓花は友人たちに敵に回される。
晴大はリコーダーの練習を頑張って続け、簡単な曲なら吹けるようになった。授業で練習しているときも以前と比べてちゃんと吹けている、と佐藤からも聞いた。晴大の唯一の欠点が無くなりつつあって、彼はますます明るくなっていった。
「なぁなぁ、この学校の七不思議って知ってる?」
「なに? 知らん、教えて」
話し出したのは、クラスの女子生徒だ。
「音楽室に飾ってる肖像画の、誰やったかな、ベートーヴェンかな、夜中に目が動いてるのと、理科室の人体模型が夜中に動くのと」
「動くの怖っ。しかも夜中に、見た人おるん?」
「トイレの花子さんとか、誰もおらんのにピアノ鳴ってるとか」
「あー怖い怖い」
「あと、○○先生の髪型が入学式の写真と全く変わらんとか」
「それ、ヅラちゃうん?」
楓花も舞衣と一緒に聞いていると、途中から話の内容は変わってしまっていた。ホラーな話をしていたはずが、いつの間にか笑い話だ。
「お姉ちゃんとかクラブの先輩とかに聞いたら同じこと言ってたんやけど、今年から一個増えてんねん」
「えー、なに?」
「あのな、放課後……毎日じゃないけど、たまにやけど、渡利君がおらんねん」
それを聞いて楓花は、思わず彼女たちのほうを向いてしまった。晴大のことは舞衣も気になったようなので、目立たずに済んだ。
「友達が言ってたんやけどなぁ、放課後、渡利君がまだ下駄箱に靴残ってたから学校におると思って探して告白しようとしたらしいんやけど、おらんかってんて。どこにも」
「クラブじゃないん?」
「ううん。おらんかったし、聞いたら休んでるって言ってたって」
放課後に晴大がたまに姿を消す、と学校の八番目の不思議に追加された。もちろんそれは不思議ではなく楓花とリコーダーの練習を隠れてしているだけだったけれど、誰にも秘密なので教えることはできない。不思議のことは晴大にも伝わったらしいけれど彼が真実を話すこともなく、たまたま見つけられなかっただけだろう、とさらっと躱していたので、不思議は不思議のままになった。
そんなこともあったので余計に楓花は、舞衣に先に帰ってもらうことを躊躇うようになった。舞衣は楓花が晴大と一緒にいるところを見ていないし楓花が晴大のことを気にしないので何も疑っていないけれど、残ると言った日に〝もし晴大を見かけたらどこにいたか教えて〟とは言われた。
「それより楓花ちゃんはなんで残ってるん?」
「えっ……あの……実は、ピアノ続けるか辞めるか悩んでて」
「そうなん? 音大は?」
「行きたいけど、ピアノ習いに行ってるときも、ときどき限界かなぁって思うんよなぁ。それで、ときどき佐藤先生に相談してる」
佐藤に相談しているのは嘘だけれど、ピアノを辞めようと悩んでいるのは事実だ。趣味としては続けるけれど、音楽の道を進むのは厳しいと感じ始めていた。
「ふぅん」
「ちょっと難しい曲になったらイイイッてなってるし。お金もかかるし……」
「それで、答え出たん?」
「まだやけど……たぶん、来年くらいには辞めるかなぁ。受験勉強もせなあかんし」
楓花は父親から規律の厳しい高校に行けと言われていて、その候補はどれもレベルが高かった。成績の良い受験生が集まるはずなので、中途半端な学力では失敗してしまう。
「学校では、伴奏とかやるんやろ?」
「うん……」
楓花の同級生には、舞台でピアノを弾く自信がある生徒はクラスに一人か二人だった。クラス替えでそのメンバーはだいたい違うクラスにされるので、楓花が弾かない宣言をしてしまうと学校側も困る。
三学期に行われる合唱コンクールの曲は十一月に決まり、やはり伴奏も楓花に決まってしまった。学校で歌う曲の伴奏はそれほど難しくないので練習には時間がかからないけれど、それでも歌に比べると細かい音符が登場するのできちんと見ないとどこかで間違える。
そして、音符を見ていると最近は晴大のことを考えるようになってしまった。彼が格好良いのは確かなので女子生徒たちが噂するのも納得できるけれど、楓花は彼のことは特に気にしていない。それでも秘密を共有しているせいか、友達以上の関係に思えることもある。
「え? 誰が? えっ、そうなん? わぁ……」
クラスメイトがまた、晴大の噂話をしていた。気にしていないはずなのに、秘密がバレるのが怖くて晴大の話題に注目してしまう。
「渡利君がどうしたん?」
「あのな……△△ちゃんが告白したけど、フラれたんやって」
「え……なんで?」
驚いたのは、学年で可愛い女子生徒ランキング(楓花個人の意見)の上位に彼女が入っていたからだ。誰が見ても可愛いと言うだろうし、性格も悪くない。文化祭で劇をすれば主役にされるほどだ。ちなみに楓花自身は──絶対に上位ではない。
「知らんわけじゃないんやろ?」
「うん。嫌いじゃないけど付き合いたいとは思わん、って」
そのときは女子生徒たちが△△から聞いたことを噂しているだけだったけれど、丈志が晴大から真相を聞いてきていた。噂はほぼ事実で、〝いまは男同士で楽しく遊びたい、付き合って何をするのか分からない〟というのが本音らしい。
「確かに……私もさぁ、渡利君のこと気になるけど、付き合うってどういうことかよく分からんのよなぁ。だから今は見てるだけ」
舞衣は晴大とほとんど接触がないので、友達として知ってもらうほうが先だ、と笑う。晴大が舞衣のことを少しだけ知っていることは、今は秘密にしておく。
「渡利君って、どんな子が好きなんやろ? 波野君、知らん?」
「知らんわ……興味ないんちゃうか……」
丈志は晴大と仲良くしているし、楓花も普通に話せているけれど、晴大はどちらかというと一匹狼タイプだった。複数人で群れるよりも少人数でいることが多いし、女子生徒に話しかけられても表情を変えない。楓花はリコーダーの練習中に晴大からクラスでの愚痴を聞くこともあったけれど、女子生徒の名前はほとんど出てこない。
「長瀬さんも渡利のこと好きなん?」
「ええっ? ううん、違う。別に何とも」
楓花は慌てて否定したけれど。
晴大のことを何とも思っていないのは──厳密にいうと、嘘だ。
そんなんだから当然、晴大のことが気になる、という友人たちの声を舞衣を含めいくつも聞いた。ほとんどは女同士で話しているだけだったけれど、何人かは告白しようとしていた。
「でも渡利君っていつも誰かと一緒やし、あんまり見かけへんしなぁ」
「休み時間に、授業終わった瞬間に走ったら間に合うんちゃう?」
「緊張するわぁ……どうしよう……ちゃんと喋れるかなぁ」
晴大が普段の休み時間にどう過ごしているのかは知らないけれど、楓花は稀に放課後に一緒に他の生徒から隠れている。けれどそれは言うわけにはいかないし、言ってしまうとおそらく、楓花は友人たちに敵に回される。
晴大はリコーダーの練習を頑張って続け、簡単な曲なら吹けるようになった。授業で練習しているときも以前と比べてちゃんと吹けている、と佐藤からも聞いた。晴大の唯一の欠点が無くなりつつあって、彼はますます明るくなっていった。
「なぁなぁ、この学校の七不思議って知ってる?」
「なに? 知らん、教えて」
話し出したのは、クラスの女子生徒だ。
「音楽室に飾ってる肖像画の、誰やったかな、ベートーヴェンかな、夜中に目が動いてるのと、理科室の人体模型が夜中に動くのと」
「動くの怖っ。しかも夜中に、見た人おるん?」
「トイレの花子さんとか、誰もおらんのにピアノ鳴ってるとか」
「あー怖い怖い」
「あと、○○先生の髪型が入学式の写真と全く変わらんとか」
「それ、ヅラちゃうん?」
楓花も舞衣と一緒に聞いていると、途中から話の内容は変わってしまっていた。ホラーな話をしていたはずが、いつの間にか笑い話だ。
「お姉ちゃんとかクラブの先輩とかに聞いたら同じこと言ってたんやけど、今年から一個増えてんねん」
「えー、なに?」
「あのな、放課後……毎日じゃないけど、たまにやけど、渡利君がおらんねん」
それを聞いて楓花は、思わず彼女たちのほうを向いてしまった。晴大のことは舞衣も気になったようなので、目立たずに済んだ。
「友達が言ってたんやけどなぁ、放課後、渡利君がまだ下駄箱に靴残ってたから学校におると思って探して告白しようとしたらしいんやけど、おらんかってんて。どこにも」
「クラブじゃないん?」
「ううん。おらんかったし、聞いたら休んでるって言ってたって」
放課後に晴大がたまに姿を消す、と学校の八番目の不思議に追加された。もちろんそれは不思議ではなく楓花とリコーダーの練習を隠れてしているだけだったけれど、誰にも秘密なので教えることはできない。不思議のことは晴大にも伝わったらしいけれど彼が真実を話すこともなく、たまたま見つけられなかっただけだろう、とさらっと躱していたので、不思議は不思議のままになった。
そんなこともあったので余計に楓花は、舞衣に先に帰ってもらうことを躊躇うようになった。舞衣は楓花が晴大と一緒にいるところを見ていないし楓花が晴大のことを気にしないので何も疑っていないけれど、残ると言った日に〝もし晴大を見かけたらどこにいたか教えて〟とは言われた。
「それより楓花ちゃんはなんで残ってるん?」
「えっ……あの……実は、ピアノ続けるか辞めるか悩んでて」
「そうなん? 音大は?」
「行きたいけど、ピアノ習いに行ってるときも、ときどき限界かなぁって思うんよなぁ。それで、ときどき佐藤先生に相談してる」
佐藤に相談しているのは嘘だけれど、ピアノを辞めようと悩んでいるのは事実だ。趣味としては続けるけれど、音楽の道を進むのは厳しいと感じ始めていた。
「ふぅん」
「ちょっと難しい曲になったらイイイッてなってるし。お金もかかるし……」
「それで、答え出たん?」
「まだやけど……たぶん、来年くらいには辞めるかなぁ。受験勉強もせなあかんし」
楓花は父親から規律の厳しい高校に行けと言われていて、その候補はどれもレベルが高かった。成績の良い受験生が集まるはずなので、中途半端な学力では失敗してしまう。
「学校では、伴奏とかやるんやろ?」
「うん……」
楓花の同級生には、舞台でピアノを弾く自信がある生徒はクラスに一人か二人だった。クラス替えでそのメンバーはだいたい違うクラスにされるので、楓花が弾かない宣言をしてしまうと学校側も困る。
三学期に行われる合唱コンクールの曲は十一月に決まり、やはり伴奏も楓花に決まってしまった。学校で歌う曲の伴奏はそれほど難しくないので練習には時間がかからないけれど、それでも歌に比べると細かい音符が登場するのできちんと見ないとどこかで間違える。
そして、音符を見ていると最近は晴大のことを考えるようになってしまった。彼が格好良いのは確かなので女子生徒たちが噂するのも納得できるけれど、楓花は彼のことは特に気にしていない。それでも秘密を共有しているせいか、友達以上の関係に思えることもある。
「え? 誰が? えっ、そうなん? わぁ……」
クラスメイトがまた、晴大の噂話をしていた。気にしていないはずなのに、秘密がバレるのが怖くて晴大の話題に注目してしまう。
「渡利君がどうしたん?」
「あのな……△△ちゃんが告白したけど、フラれたんやって」
「え……なんで?」
驚いたのは、学年で可愛い女子生徒ランキング(楓花個人の意見)の上位に彼女が入っていたからだ。誰が見ても可愛いと言うだろうし、性格も悪くない。文化祭で劇をすれば主役にされるほどだ。ちなみに楓花自身は──絶対に上位ではない。
「知らんわけじゃないんやろ?」
「うん。嫌いじゃないけど付き合いたいとは思わん、って」
そのときは女子生徒たちが△△から聞いたことを噂しているだけだったけれど、丈志が晴大から真相を聞いてきていた。噂はほぼ事実で、〝いまは男同士で楽しく遊びたい、付き合って何をするのか分からない〟というのが本音らしい。
「確かに……私もさぁ、渡利君のこと気になるけど、付き合うってどういうことかよく分からんのよなぁ。だから今は見てるだけ」
舞衣は晴大とほとんど接触がないので、友達として知ってもらうほうが先だ、と笑う。晴大が舞衣のことを少しだけ知っていることは、今は秘密にしておく。
「渡利君って、どんな子が好きなんやろ? 波野君、知らん?」
「知らんわ……興味ないんちゃうか……」
丈志は晴大と仲良くしているし、楓花も普通に話せているけれど、晴大はどちらかというと一匹狼タイプだった。複数人で群れるよりも少人数でいることが多いし、女子生徒に話しかけられても表情を変えない。楓花はリコーダーの練習中に晴大からクラスでの愚痴を聞くこともあったけれど、女子生徒の名前はほとんど出てこない。
「長瀬さんも渡利のこと好きなん?」
「ええっ? ううん、違う。別に何とも」
楓花は慌てて否定したけれど。
晴大のことを何とも思っていないのは──厳密にいうと、嘘だ。



