大学を卒業してから四年。
晴大と再会してから八年。
晴大と出会ってから──十四年が流れた。
リコーダーを教えてほしい、と頼まれた日のことを、楓花は今でも鮮明に覚えていた。音楽室で偶然に出会い、そこから二人の関係は始まった。
格好は良いけれど愛想はそれほど良くはなく──今でもあまり変わっていないけれど──、それでも楓花と二人で話すときはいつも、学校の他の誰にも見せない素の晴大を出してくれていた。女子生徒たちが噂するような完璧な人ではない、とは、楓花は誰にも言わなかった。
再会してしばらくしてから、晴大にデートに誘われた。当時の彼は見かける度に違う女性と一緒だったから〝女癖が悪く、すぐに捨てられる〟という噂があったけれど、それは嘘だった。晴大は中学のときからずっと楓花だけが好きだったようで──、付き合うようになってからは、彼はいつも楓花への想いを素直に伝えてくれた。
そして現在、久々に一緒に過ごせる楓花の誕生日の夜、晴大は夜景が見えるレストランを予約してくれていた。楓花の誕生日は一月の中旬だ。
「やったぁ、ありがとう!」
『ドレスコードはないはずやから、普段通りで良いで』
「ううん、私がお洒落したい」
『ははっ、任せるわ。まぁ、何着てても可愛いけどな』
少し前に電話で教えてもらい、当日は晴大が家まで迎えに来てくれた。店はensoleilléではなく、スカイクリアとも関係がないところだった。店内はお洒落ではあるけれど高級感があるわけではなく、肩に力を入れなくても良いので楓花も来たことがある。ちなみに楓花はワンピース、晴大はカジュアルなシャツにそれぞれジャケットを羽織っていた。
窓際の席で食事をしていると、晴大があることに気付いた。
「楓花、それ、よく見たらあれやな」
「……やっと気付いてくれた」
楓花は晴大から初めて貰った誕生日プレゼントのペンダントを身に付けていた。晴大の誕生石が埋め込まれている八分音符型のものだ。
「懐かしいな。俺、それ渡してから告白したんよな」
「うん。何年前やろ? 二十歳のとき」
楓花はすぐには返事をできなかったけれど、少ししてからイエスの返事をした。晴大に貰ったのはペンダントトップだったので自分でチェーンを用意していて、返事をしたあとで晴大がつけてくれた。翌春から晴大は留学してしまって寂しかったけれど、ペンダントのおかげで頑張ることができた。
「楓花──俺、渡したい物あるって言ったの覚えてる? 二年くらい前」
「渡したい物? ……ああ言ってた! まだ秘密って言われたような」
「それ、これ。楓花が持ってて」
晴大はポケットから小さな袋を出した。手のひらほどの大きさで、特に派手なラッピングはされていない。
「開けて良い?」
「どうぞ」
簡易な袋だったので、誕生日プレゼントではないと思ったけれど──。
「何これ……ボタン? ……制服の?」
「ほんまは、卒業式のとき渡したかった」
「……中学の?」
晴大が楓花に渡したのは、中学の制服の第二ボタンだった。
「今更やけどな……」
楓花はボタンをじっと見つめた。男子生徒が着ているのを見るだけだったので、楓花はあまり記憶にはないけれど。入学式の日に彼らは慣れない詰襟を窮屈そうにし、少し経つ頃には学ランのボタンも一つくらいは外していた。晴大にリコーダーを教えていた楓花は、リコーダーを構えた向こうに見える彼の制服もいつも見ていた。卒業が近くなって晴大の第二ボタンを狙う女子生徒の声はちらほら聞いたけれど、どうなったのか知らないまま忘れてしまっていた。
「あのとき……卒業式のあと、グラウンドで楓花のこと見つけたけど、波野に邪魔されてな……気付いたら楓花、おらんかった」
「ずっと、持ってたん?」
「そりゃそうやろ。……要らんかったか?」
「ううん。ありがとう。貰えると思ってなかったから、嬉しくて」
当時のことを思い出して、涙が出てきてしまった。
「私、晴大に、晴大の身代わりみたいなものいっぱい貰ってる……私はたいして」
「気にすんな。俺があげたくてあげてんやし。それに楓花には、いつも助けて貰ってたし。あの頃も、今も」
晴大が優しい顔をするのを見て、楓花はようやく笑顔になれた。せっかく誕生日にレストランを予約してくれているのに泣いている場合じゃないな、と改めて笑顔を作った。顔を上げると、晴大がじっと楓花を見つめた。
「これからは、俺も楓花を助けたい。一番近いとこで──いつまでも、守り続ける。結婚してください」
どこに隠していたのか、晴大は楓花の前で婚約指輪の箱を開けた。楓花は驚いて、また涙を流してしまった。
「もう、嫌やぁ……」
「え?」
「せっかく気合い入れて化粧してきたのに、こんな何回も泣いてたら崩れるやん……」
「──ごめん……」
溢れる涙をハンカチで拭きながら、楓花は顔を上げた。晴大はほんの少しだけ、不安そうな顔をしていた。
「俺、それなりに生活してるつもりやし、仕事も──上目指したらキリないけど、自信はついてる」
「……うん。知ってる。晴大のお父さんに聞いた」
「えっ? い、いつ?」
「いつやったかなぁ……ちょっと前やけど、仕事の話しにホテル来てたみたいで──晴大のこと、褒めてた」
「親父……」
「でも私は──、晴大ならできる、って信じてた。だって、他の人らとは違うから」
「──それ、懐かしいな」
楓花が笑うと、晴大は照れながら指輪を箱から出した。それから楓花の左手薬指につけようとして、ふとその手を止めた。
「俺……完璧とちゃうぞ?」
「知ってる」
「できへんことも、いっぱいあるぞ」
「知ってるよ。最初に言ったやん、それも含めて好き、って」
六年前。晴大が楓花に告白したあと、楓花は〝晴大に興味がないフリをしていた〟と言ってから本心を打ち明けた。
『私は渡利君が好き。……この苦しさは、たぶん大好き。顔も、性格も、音楽ダメなとこも、全部好き』
その日は返事を保留にしたけれど。
今回は晴大は楓花の言葉から〝YES〟と判断して、指輪を楓花の薬指の付け根まで入れた。近くの席にいた女性客二人がそれを見ていたようで、楓花と晴大にだけ分かるように拍手をしてくれた。
「晴大のあの台詞……聞きたい」
「あの台詞?」
「うん、あの台詞」
それは彼が中学から大学の間に、口癖のように言っていた言葉だ。そのことに晴大も気付いたようで、少し照れてからまっすぐ楓花を見た。
「俺を、他の奴らと一緒と思うなよ。俺は俺やからな」
「ふふっ。うん」
数日後、楓花は晴大が暮らすマンションへ引っ越すことになり、少しずつ荷物を運んだ。家具や家電は思いきって、二人で使う新しいものを買うことにした。
「でもさぁ、さすがにベッドは大きいの置いたら狭くない?」
二人で一緒に過ごす夜、楓花は晴大に聞いた。
「問題ない。まぁ別に──シングルでも良いけどな。どうせこうするし」
気付けば楓花は晴大の腕の中で、着ていたものをほとんど全て脱がされてしまっていた。手も口も足も、彼のそれで支配されてしまっていた。けれどそれを喜び続きを期待しているのは、彼のことを愛しているからだ。
「楓花──ずっと、隣にいてくれ」
晴大は楓花を組み敷いてはいるけれど、とても優しい表情をしていた。
晴大と再会してから八年。
晴大と出会ってから──十四年が流れた。
リコーダーを教えてほしい、と頼まれた日のことを、楓花は今でも鮮明に覚えていた。音楽室で偶然に出会い、そこから二人の関係は始まった。
格好は良いけれど愛想はそれほど良くはなく──今でもあまり変わっていないけれど──、それでも楓花と二人で話すときはいつも、学校の他の誰にも見せない素の晴大を出してくれていた。女子生徒たちが噂するような完璧な人ではない、とは、楓花は誰にも言わなかった。
再会してしばらくしてから、晴大にデートに誘われた。当時の彼は見かける度に違う女性と一緒だったから〝女癖が悪く、すぐに捨てられる〟という噂があったけれど、それは嘘だった。晴大は中学のときからずっと楓花だけが好きだったようで──、付き合うようになってからは、彼はいつも楓花への想いを素直に伝えてくれた。
そして現在、久々に一緒に過ごせる楓花の誕生日の夜、晴大は夜景が見えるレストランを予約してくれていた。楓花の誕生日は一月の中旬だ。
「やったぁ、ありがとう!」
『ドレスコードはないはずやから、普段通りで良いで』
「ううん、私がお洒落したい」
『ははっ、任せるわ。まぁ、何着てても可愛いけどな』
少し前に電話で教えてもらい、当日は晴大が家まで迎えに来てくれた。店はensoleilléではなく、スカイクリアとも関係がないところだった。店内はお洒落ではあるけれど高級感があるわけではなく、肩に力を入れなくても良いので楓花も来たことがある。ちなみに楓花はワンピース、晴大はカジュアルなシャツにそれぞれジャケットを羽織っていた。
窓際の席で食事をしていると、晴大があることに気付いた。
「楓花、それ、よく見たらあれやな」
「……やっと気付いてくれた」
楓花は晴大から初めて貰った誕生日プレゼントのペンダントを身に付けていた。晴大の誕生石が埋め込まれている八分音符型のものだ。
「懐かしいな。俺、それ渡してから告白したんよな」
「うん。何年前やろ? 二十歳のとき」
楓花はすぐには返事をできなかったけれど、少ししてからイエスの返事をした。晴大に貰ったのはペンダントトップだったので自分でチェーンを用意していて、返事をしたあとで晴大がつけてくれた。翌春から晴大は留学してしまって寂しかったけれど、ペンダントのおかげで頑張ることができた。
「楓花──俺、渡したい物あるって言ったの覚えてる? 二年くらい前」
「渡したい物? ……ああ言ってた! まだ秘密って言われたような」
「それ、これ。楓花が持ってて」
晴大はポケットから小さな袋を出した。手のひらほどの大きさで、特に派手なラッピングはされていない。
「開けて良い?」
「どうぞ」
簡易な袋だったので、誕生日プレゼントではないと思ったけれど──。
「何これ……ボタン? ……制服の?」
「ほんまは、卒業式のとき渡したかった」
「……中学の?」
晴大が楓花に渡したのは、中学の制服の第二ボタンだった。
「今更やけどな……」
楓花はボタンをじっと見つめた。男子生徒が着ているのを見るだけだったので、楓花はあまり記憶にはないけれど。入学式の日に彼らは慣れない詰襟を窮屈そうにし、少し経つ頃には学ランのボタンも一つくらいは外していた。晴大にリコーダーを教えていた楓花は、リコーダーを構えた向こうに見える彼の制服もいつも見ていた。卒業が近くなって晴大の第二ボタンを狙う女子生徒の声はちらほら聞いたけれど、どうなったのか知らないまま忘れてしまっていた。
「あのとき……卒業式のあと、グラウンドで楓花のこと見つけたけど、波野に邪魔されてな……気付いたら楓花、おらんかった」
「ずっと、持ってたん?」
「そりゃそうやろ。……要らんかったか?」
「ううん。ありがとう。貰えると思ってなかったから、嬉しくて」
当時のことを思い出して、涙が出てきてしまった。
「私、晴大に、晴大の身代わりみたいなものいっぱい貰ってる……私はたいして」
「気にすんな。俺があげたくてあげてんやし。それに楓花には、いつも助けて貰ってたし。あの頃も、今も」
晴大が優しい顔をするのを見て、楓花はようやく笑顔になれた。せっかく誕生日にレストランを予約してくれているのに泣いている場合じゃないな、と改めて笑顔を作った。顔を上げると、晴大がじっと楓花を見つめた。
「これからは、俺も楓花を助けたい。一番近いとこで──いつまでも、守り続ける。結婚してください」
どこに隠していたのか、晴大は楓花の前で婚約指輪の箱を開けた。楓花は驚いて、また涙を流してしまった。
「もう、嫌やぁ……」
「え?」
「せっかく気合い入れて化粧してきたのに、こんな何回も泣いてたら崩れるやん……」
「──ごめん……」
溢れる涙をハンカチで拭きながら、楓花は顔を上げた。晴大はほんの少しだけ、不安そうな顔をしていた。
「俺、それなりに生活してるつもりやし、仕事も──上目指したらキリないけど、自信はついてる」
「……うん。知ってる。晴大のお父さんに聞いた」
「えっ? い、いつ?」
「いつやったかなぁ……ちょっと前やけど、仕事の話しにホテル来てたみたいで──晴大のこと、褒めてた」
「親父……」
「でも私は──、晴大ならできる、って信じてた。だって、他の人らとは違うから」
「──それ、懐かしいな」
楓花が笑うと、晴大は照れながら指輪を箱から出した。それから楓花の左手薬指につけようとして、ふとその手を止めた。
「俺……完璧とちゃうぞ?」
「知ってる」
「できへんことも、いっぱいあるぞ」
「知ってるよ。最初に言ったやん、それも含めて好き、って」
六年前。晴大が楓花に告白したあと、楓花は〝晴大に興味がないフリをしていた〟と言ってから本心を打ち明けた。
『私は渡利君が好き。……この苦しさは、たぶん大好き。顔も、性格も、音楽ダメなとこも、全部好き』
その日は返事を保留にしたけれど。
今回は晴大は楓花の言葉から〝YES〟と判断して、指輪を楓花の薬指の付け根まで入れた。近くの席にいた女性客二人がそれを見ていたようで、楓花と晴大にだけ分かるように拍手をしてくれた。
「晴大のあの台詞……聞きたい」
「あの台詞?」
「うん、あの台詞」
それは彼が中学から大学の間に、口癖のように言っていた言葉だ。そのことに晴大も気付いたようで、少し照れてからまっすぐ楓花を見た。
「俺を、他の奴らと一緒と思うなよ。俺は俺やからな」
「ふふっ。うん」
数日後、楓花は晴大が暮らすマンションへ引っ越すことになり、少しずつ荷物を運んだ。家具や家電は思いきって、二人で使う新しいものを買うことにした。
「でもさぁ、さすがにベッドは大きいの置いたら狭くない?」
二人で一緒に過ごす夜、楓花は晴大に聞いた。
「問題ない。まぁ別に──シングルでも良いけどな。どうせこうするし」
気付けば楓花は晴大の腕の中で、着ていたものをほとんど全て脱がされてしまっていた。手も口も足も、彼のそれで支配されてしまっていた。けれどそれを喜び続きを期待しているのは、彼のことを愛しているからだ。
「楓花──ずっと、隣にいてくれ」
晴大は楓花を組み敷いてはいるけれど、とても優しい表情をしていた。



