珍しく翔琉から連絡があったのは、大学を卒業してから二年が経った頃だった。スカイクリアの仕事は一通り覚えて父親や周りから指示されることも少なくなり、逆に自分から提案することや、ensoleilléなど店の従業員に指導することも増えた。アルバイトはensoleilléが長かったのでフランス料理を一番理解していたけれど、他の店でも従業員から頼りにしてもらえていた。
残業して帰宅してからの夕食は、楓花が週に何度か作って冷蔵庫に入れてくれていた。楓花も仕事で疲れているはずなのに、一緒に食べられるわけでもないのに、わざわざ作りに来てくれていた。こんなことなら一緒に暮らそうかと何度も思ったけれど、それはまだ自分が許せなかった。
楓花が用意してくれた夕食をありがたく完食し、一息つきながらスマホを見ると翔琉からLINEが届いていた。翔琉とは出会った頃は犬猿の仲だったけれど、楓花とのこともあっていつの間にか、友達と言える関係にはなった。
文字を打つのが面倒だったので電話をすると、翔琉はすぐに出た。
『渡利おまえ、いつ休み?』
「休み? だいたい週末やけど。土曜はたまに店手伝ってるから、確実なんは日曜やな」
『日曜……、おまえ、まだ楓花ちゃんと付き合ってんやろ?』
「そうやけど? 仮やけどプロポーズしてるしな」
翔琉も相変わらず彩里と付き合っている、とは楓花から聞いているけれど、まだ結婚の話にはなっていないらしい。晴大と楓花の関係を聞いて翔琉は悔しそうにしてから、〝近いうちに四人で会おう〟と言った。
「あー……久々やしな。それで休み聞いたんか。おまえは?」
翔琉はスポーツ用品店に就職し、いまは店舗で勤務しているらしい。
『俺も日曜休みやし、彩里も希望したら休めるって言ってたから。あっ、楓花ちゃんには彩里から連絡してくれて、返事待ちって』
「ふぅん……。楓花次第か」
『とりあえずおまえ、日曜ならいけそう?』
「たぶんな」
それだけ聞くと翔琉は電話を切り、晴大はすぐに楓花に連絡した。楓花は不規則な勤務をしているけれど、この日は既に家にいるはずだ。
楓花は偶然、日曜に休める予定が入っていたようで、その日に四人で集まることになった。
場所はいくつか候補に上がり、選ばれたのは大学卒業前に四人で行ったショッピングモールだ。正確には、楓花と彩里は買い物をし、近くの自動車教習所に申し込みに行く翔琉に晴大は付き添った。
あの日、楓花と彩里を待っているときに翔琉が言った言葉を思い出して、晴大は思わず頬を緩めた。翔琉の言葉は嬉しかったし、今でもその状況は変わっていない。
「晴大? なに笑ってんの?」
待ち合わせ場所へ向かう車の助手席で、楓花が首を傾げていた。
「いや……別に」
あの日のことはまだ、楓花には教えていない。
「何よー? 気持ち悪い」
「きも──、そんなこと言うな」
「だって、一人で笑ってんやもん。何か思い出してんの?」
楓花が頬を膨らませ始めたので、教えても良いかな、とまた笑ってしまった。
「前にあそこ行ったとき、俺と桧田、旅行代理店の前で待ってたやろ?」
「……うん」
「あのとき桧田、なんで俺が楓花になかなか告白せんかったんや、って聞いてきてな」
「うん?」
「細かい事情は言ってないけど、これから全力でいく、って言ったった」
「……ふぅん」
「そのあと──、戸坂さんが前の彼氏に浮気されたって聞いた後やったから、桧田には〝そんなことすんなよ〟って言ってな」
「うん?」
「そしたらあいつ、……ははっ!」
「えっ、なに? 翔琉君、なに言ったん?」
晴大はやはり笑ってしまい、答えを言うことはできなかった。
翔琉が素直に言った当時の言葉を、晴大はこれまでにも何度か思い出し、その度に頬を緩めていた。今でもそれは変わっていない、むしろ当時よりもそれは強くなっていると感じていた。晴大にとって嬉しかった言葉は、楓花が聞いても嬉しいはずだけれど、それを言うには少し勇気が要ってしまう。
適当にごまかしながら車を進め、駐車場に停めてから翔琉と彩里を探した。待ち合わせたフードコートは──例の旅行代理店の前だ。
「あっ、彩里ちゃん! 久しぶり!」
「楓花ちゃん! 元気しとった?」
楓花は彩里の姿を見つけて駆け寄り、久々の再会を喜んでいた。隣にいた翔琉が楓花を見る目がおかしいような気もしたけれど──、晴大の隣に戻ってきた楓花が当たり前のように晴大の手を握ったので、翔琉を責める気は失せてしまった。
「おまえら──」
翔琉は晴大と楓花を交互に見ていた。
「相変わらずラブラブしてんな」
「ラ──、おまえ、それ」
翔琉の言葉に晴大は思わず照れてしまった。
「良いやん、事実やろ?」
「翔琉いつも言っとったもんなぁ、渡利君と楓花ちゃんみたいにラブラブしたい、って」
彩里の言葉にまた照れる晴大を見て、楓花は何かに気付いてしまったらしい。
「晴大、さっきの話……、これ?」
「……そう」
楓花もやはり、翔琉の言葉は嬉しかったらしい。
男同士、女同士でときどき連絡はとっていたけれど、改めて卒業してからのことをそれぞれ話した。楓花は不規則な生活をしているけれど仕事は楽しいこと、晴大もたくさんのことを覚えて従業員から頼りにされることが増えてきたこと、翔琉は接客の楽しさを覚えて客から声を掛けられるのがとても嬉しいこと。
「彩里ちゃんは?」
「私……まだ翔琉にも言っとらんのやけど、転勤でさぁ。実家から通えんから引っ越すことにした」
「えっ、どこ? 遠いん?」
「北摂。近いっちゃ近いんやけど」
「それなら彩里、俺んとこ……」
翔琉は大学生の頃に一人暮らしをしていたけれど事情で実家に戻り、就職して今は大阪市内で一人暮らしをしていた。
「考えたんやけど、親に反対されたから……」
彩里も翔琉と別れることは考えていないと思うけれど、それでも仮にでもプロポーズされていない相手との同棲は認めてもらえなかった、と顔に書いていた。仮に晴大に娘がいたとして、過去の翔琉なら同棲は認めたくないけれど、今はどうだろうか、と少し考えた。考えながら翔琉の顔を見ていると、気づいた翔琉は顔を歪めていた。
「渡利、おまえ何言いたいん?」
「……別に」
「おまえらもさぁ、まだ別に暮らしてんやろ?」
「そうやな」
「なんで同棲せんの? 休みなかなか合わんみたいやし、一緒におるほうが良いんちゃうん? 親にも認めてもらってんやろ?」
翔琉の言葉に楓花は少しだけ眉間に皺を寄せて唸っているように見えた。楓花が返したい言葉は、きっと晴大と同じだ。
「そのほうが、会えるの楽しみに頑張れるやん。一緒やったら良いやろうけど──頼ってまうし。悪いな楓花、もうちょっと待ってろ」
多少の自信ならついているけれど、今はまだ楓花を妻として迎えるには早いと思っていた。もちろん晴大は楓花を手放すつもりは全くないし、できれば翔琉より先に本番のプロポーズをしたい。
「おい、渡利……あんまり楓花ちゃん待たせ過ぎんなよ。そもそもおまえ、告白すんのも遅かったんやからな」
残業して帰宅してからの夕食は、楓花が週に何度か作って冷蔵庫に入れてくれていた。楓花も仕事で疲れているはずなのに、一緒に食べられるわけでもないのに、わざわざ作りに来てくれていた。こんなことなら一緒に暮らそうかと何度も思ったけれど、それはまだ自分が許せなかった。
楓花が用意してくれた夕食をありがたく完食し、一息つきながらスマホを見ると翔琉からLINEが届いていた。翔琉とは出会った頃は犬猿の仲だったけれど、楓花とのこともあっていつの間にか、友達と言える関係にはなった。
文字を打つのが面倒だったので電話をすると、翔琉はすぐに出た。
『渡利おまえ、いつ休み?』
「休み? だいたい週末やけど。土曜はたまに店手伝ってるから、確実なんは日曜やな」
『日曜……、おまえ、まだ楓花ちゃんと付き合ってんやろ?』
「そうやけど? 仮やけどプロポーズしてるしな」
翔琉も相変わらず彩里と付き合っている、とは楓花から聞いているけれど、まだ結婚の話にはなっていないらしい。晴大と楓花の関係を聞いて翔琉は悔しそうにしてから、〝近いうちに四人で会おう〟と言った。
「あー……久々やしな。それで休み聞いたんか。おまえは?」
翔琉はスポーツ用品店に就職し、いまは店舗で勤務しているらしい。
『俺も日曜休みやし、彩里も希望したら休めるって言ってたから。あっ、楓花ちゃんには彩里から連絡してくれて、返事待ちって』
「ふぅん……。楓花次第か」
『とりあえずおまえ、日曜ならいけそう?』
「たぶんな」
それだけ聞くと翔琉は電話を切り、晴大はすぐに楓花に連絡した。楓花は不規則な勤務をしているけれど、この日は既に家にいるはずだ。
楓花は偶然、日曜に休める予定が入っていたようで、その日に四人で集まることになった。
場所はいくつか候補に上がり、選ばれたのは大学卒業前に四人で行ったショッピングモールだ。正確には、楓花と彩里は買い物をし、近くの自動車教習所に申し込みに行く翔琉に晴大は付き添った。
あの日、楓花と彩里を待っているときに翔琉が言った言葉を思い出して、晴大は思わず頬を緩めた。翔琉の言葉は嬉しかったし、今でもその状況は変わっていない。
「晴大? なに笑ってんの?」
待ち合わせ場所へ向かう車の助手席で、楓花が首を傾げていた。
「いや……別に」
あの日のことはまだ、楓花には教えていない。
「何よー? 気持ち悪い」
「きも──、そんなこと言うな」
「だって、一人で笑ってんやもん。何か思い出してんの?」
楓花が頬を膨らませ始めたので、教えても良いかな、とまた笑ってしまった。
「前にあそこ行ったとき、俺と桧田、旅行代理店の前で待ってたやろ?」
「……うん」
「あのとき桧田、なんで俺が楓花になかなか告白せんかったんや、って聞いてきてな」
「うん?」
「細かい事情は言ってないけど、これから全力でいく、って言ったった」
「……ふぅん」
「そのあと──、戸坂さんが前の彼氏に浮気されたって聞いた後やったから、桧田には〝そんなことすんなよ〟って言ってな」
「うん?」
「そしたらあいつ、……ははっ!」
「えっ、なに? 翔琉君、なに言ったん?」
晴大はやはり笑ってしまい、答えを言うことはできなかった。
翔琉が素直に言った当時の言葉を、晴大はこれまでにも何度か思い出し、その度に頬を緩めていた。今でもそれは変わっていない、むしろ当時よりもそれは強くなっていると感じていた。晴大にとって嬉しかった言葉は、楓花が聞いても嬉しいはずだけれど、それを言うには少し勇気が要ってしまう。
適当にごまかしながら車を進め、駐車場に停めてから翔琉と彩里を探した。待ち合わせたフードコートは──例の旅行代理店の前だ。
「あっ、彩里ちゃん! 久しぶり!」
「楓花ちゃん! 元気しとった?」
楓花は彩里の姿を見つけて駆け寄り、久々の再会を喜んでいた。隣にいた翔琉が楓花を見る目がおかしいような気もしたけれど──、晴大の隣に戻ってきた楓花が当たり前のように晴大の手を握ったので、翔琉を責める気は失せてしまった。
「おまえら──」
翔琉は晴大と楓花を交互に見ていた。
「相変わらずラブラブしてんな」
「ラ──、おまえ、それ」
翔琉の言葉に晴大は思わず照れてしまった。
「良いやん、事実やろ?」
「翔琉いつも言っとったもんなぁ、渡利君と楓花ちゃんみたいにラブラブしたい、って」
彩里の言葉にまた照れる晴大を見て、楓花は何かに気付いてしまったらしい。
「晴大、さっきの話……、これ?」
「……そう」
楓花もやはり、翔琉の言葉は嬉しかったらしい。
男同士、女同士でときどき連絡はとっていたけれど、改めて卒業してからのことをそれぞれ話した。楓花は不規則な生活をしているけれど仕事は楽しいこと、晴大もたくさんのことを覚えて従業員から頼りにされることが増えてきたこと、翔琉は接客の楽しさを覚えて客から声を掛けられるのがとても嬉しいこと。
「彩里ちゃんは?」
「私……まだ翔琉にも言っとらんのやけど、転勤でさぁ。実家から通えんから引っ越すことにした」
「えっ、どこ? 遠いん?」
「北摂。近いっちゃ近いんやけど」
「それなら彩里、俺んとこ……」
翔琉は大学生の頃に一人暮らしをしていたけれど事情で実家に戻り、就職して今は大阪市内で一人暮らしをしていた。
「考えたんやけど、親に反対されたから……」
彩里も翔琉と別れることは考えていないと思うけれど、それでも仮にでもプロポーズされていない相手との同棲は認めてもらえなかった、と顔に書いていた。仮に晴大に娘がいたとして、過去の翔琉なら同棲は認めたくないけれど、今はどうだろうか、と少し考えた。考えながら翔琉の顔を見ていると、気づいた翔琉は顔を歪めていた。
「渡利、おまえ何言いたいん?」
「……別に」
「おまえらもさぁ、まだ別に暮らしてんやろ?」
「そうやな」
「なんで同棲せんの? 休みなかなか合わんみたいやし、一緒におるほうが良いんちゃうん? 親にも認めてもらってんやろ?」
翔琉の言葉に楓花は少しだけ眉間に皺を寄せて唸っているように見えた。楓花が返したい言葉は、きっと晴大と同じだ。
「そのほうが、会えるの楽しみに頑張れるやん。一緒やったら良いやろうけど──頼ってまうし。悪いな楓花、もうちょっと待ってろ」
多少の自信ならついているけれど、今はまだ楓花を妻として迎えるには早いと思っていた。もちろん晴大は楓花を手放すつもりは全くないし、できれば翔琉より先に本番のプロポーズをしたい。
「おい、渡利……あんまり楓花ちゃん待たせ過ぎんなよ。そもそもおまえ、告白すんのも遅かったんやからな」



