Pure─君を守りたかったから─

 同級生の多くが大学を卒業する三月に中学の同窓会をしよう、という連絡が届いたのは、楓花が服をプレゼントした晴大の誕生日の頃だった。成人式のあとからそんな話が出ていたようで、約二年の間にどうにか先生たちを含めた全員に連絡できるようになっていたらしい。
 幹事が中学三年のときのクラスごとに協力を要請したようで、楓花には舞衣から連絡があった。
「同窓会かぁ……場所は?」
『まだ決まってないみたい。人数分かってからちゃう? 楓花ちゃん、行く?』
「どうしよっかなぁ。晴大と相談しようかなぁ」
『あ──良い機会やしさぁ、みんなに言ったら?』
「うーん……晴大が何て言うか……」
 楓花と晴大のことは舞衣と丈志には教えたけれど、他の同級生には秘密にするように頼んである。
「それより、舞衣ちゃんはどうなん? 波野君と」
『どうやろう? 今のとこ、まだ友達かなぁ。でも一応、前向きには考えてる』
 もしかすると同窓会のときには関係が変わっているかもしれない、と舞衣は笑った。まだまだ異性を外見で判断してしまいがちな年齢ではあるけれど、丈志は性格がとても良いらしい。
 同窓会に行くかはまだ決めていないけれど、楓花は晴大とも相談して、その日と翌日はアルバイトの休み希望を出した。時間が決まっていないので、夜に決まって翌朝にシフトが入っても辛い。
「せめて近くなら夜でも良いけどなぁ」
「幹事の奴……俺のクラスやった奴でな」
「そうなん?」
「楓花のとこ(ホテル)に、最大何人入れるか、って問い合わせたみたいやで」
「え……」
 三十人ほどなら居酒屋を探せば大部屋があるけれど、それを越えると大人数が入れる場所はホテルの宴会場以外にはあまりない。楓花がアルバイトしているホテルは交通の便も良いので、もしも酔ってしまっても帰りやすいと思ったのかもしれない。
 同窓会に出席の連絡を出してしばらくしてから、場所と時間の連絡が改めて届いた。三月下旬の週末、楓花がアルバイトしているホテルに午後から集まるらしい。

 毎日のように来ている場所なので、館内案内を見なくても宴会場まで辿り着けてしまう。だから建物に入ってから楓花は止まらずに足を進めたくなるけれど、ロビーで屯していた同級生何人かに足を止められた。友人だった人たちで成人式でも話しているので、久しぶり、と簡単に挨拶をしてから同窓会会場へ向かった。
 受付を済ませてから中に入ると既に来ていた舞衣が走り寄ってきて、ロビーで会った友人たちはどこかに消えた。
「楓花ちゃん、一人で来たん?」
「うん。……とりあえず関係ないフリして、もしかしたら言うかも、って」
 同級生たちの大半はまだ晴大に悪い印象を持っているので、楓花が一緒に来ることはやめた。丈志が〝晴大は悪くない〟と友人たちに言っているらしいけれど、どれだけの人が信じてくれているかは分からない。
「舞衣ちゃんは? 一人?」
「ううん、一緒に来た。あそこ……」
 舞衣が指すほうを見ると、楓花の記憶よりもお洒落になっている丈志が友人たちに囲まれているのが見えた。舞衣は丈志と付き合うことになった、と年が明けてから聞いた。
「──おっ、長瀬さん! こないだありがとうな」
「ううん、何もしてないし」
「何かあったん?」
 丈志と話しているのは、悠成と佳雄だった。
「いや、俺、成人式のとき舞衣の連絡先を聞きそびれたからさぁ、長瀬さんに間に入ってもらってん。長瀬さんとは、あれいつやっけ? 近くで会ってん」
「ふぅん……おまえ、ずっと天野さんにアピールしてたもんな」
「矢嶋、そういうおまえも、長瀬さんにフラれまくってたやろ」
 男性たちの話題が、当時の恋愛に向いてしまった。楓花と舞衣が聞いているところで、フラれてたくせに、おまえだって、と盛り上がってしまう。
「そういえば矢嶋君、成人式……来てた?」
「ううん、行ってない。大学二年の秋から一年間、イギリスに留学しててん」
「へぇ。英語の勉強してたん?」
 楓花が悠成に聞くと、悠成は少し嬉しそうに表情を変えた。
「うん。外資に就職すんねん。長瀬さんは?」
「私も英語やってて、ここのホテルに就職。大学のときバイトしてて、社員登用してもらえた」
「マジで? 留学したん?」
「ううん。バイトで外国人と話すし、ホストファミリーもしてたし、それで身に付いた感じ」
 楓花の大学にも留学生はいたけれど通学時間が長すぎたので、家の近くの大学に留学していた学生を受け入れていた。彼女・Emily(エミリー)はアメリカからの留学で、その後、晴大が留学したのもEmilyがいる大学だった。Emilyは楓花たちより半年遅れて夏に大学を卒業し、そのあと恋人のJames(ジェームズ)と一緒に日本旅行に来ると聞いている。
「よぉ。……矢嶋、久しぶりやな」
 中学校にいつも時間ギリギリに登校していた晴大は、同窓会にもギリギリに到着することにしたらしい。晴大がしばらく悠成を見ていると悠成は〝LINEの返事をしなかった〟ことを指摘されると思ったようで、留学の話を晴大にもしていた。
「ふぅん。俺も留学したわ。半年やけど」
「どこに? 英語で?」
「いや……俺、親の会社継ぐから、アメリカで経営の勉強してた」
「うわ、すげぇな……。どこの会社?」
「……スカイクリア。高校のときから隣のensoleilléでバイトしてた」
「え? ……長瀬さんはここ(ホテル)でバイトしてたって聞いたんやけど」
「ああ、たまたまな。大学一緒やったし、いろいろ聞いたわ。俺の噂も知ってたから、嘘って話せたし」
 晴大はちらっと楓花を見たけれど、楓花は特に気にせずに舞衣のほうを見た。いつの間にか丈志も舞衣と一緒に男性たちの会話から抜け、二人で成り行きを観察していた。
「渡利──中学とき、長瀬さんに興味無かったよな?」
「……いや? むしろ好きやったけど」
「ええっ? マジで?」
「いま付き合ってるし」
 佳雄と悠成が同時に楓花を見た。
「長瀬さん、ほんまなん?」
「うん。二年前から……」
「何があったん? 長瀬さんも、中学とき渡利のこと興味なさそうやったやん?」
「……そうするしかなかった。私は──」
 楓花が晴大のほうを見ると、晴大は頷いた。リコーダーの単語は出さずに、粗方の事情を話すことに二人で決めていた。
「晴大に頼まれて、音楽を教えてた。最初は特に気にしてなかったけど、いつの間にか気になりだして、でも、本気になるのが怖かったから教えるのやめた。そのあと、晴大が失恋した、って噂になってた」
「渡利は本気やったん?」
「大マジやった。ちゃんと素の俺を見てくれてたし。でも会ってること秘密にしてたし、楓花は俺と仲良いって知られるの嫌がってたから、廊下とかで会っても興味ないフリしてた。矢嶋──楓花が言ってたわ、告白されだしてから鬱陶しかったって」
「あ──嫌いではなかったんやけど」
 楓花と晴大の関係を知って、悠成は明らかに落ち込んでいた。近くにいて話が聞こえた同級生たちは、楓花と晴大を見ながらざわざわしていた。
「矢嶋、人が嫌がることすんな。まして好きな奴に……。付き合いたかったら、守りたかったら、相手のこと本気で考えろ。おまえならできるやろ」
 あいつ(・・・)にもできたしな、と呟く晴大の手を握ってから、楓花は晴大を見上げた。周りの同級生たちが、また賑やかになった。