晴大は父親の会社〝スカイクリア〟への就職が決まっていたので大学では勉強に専念していたけれど、大学四年の初夏、周りの友人たちは就職活動に苦戦していた。それは楓花も例外ではなく、一つも内定をもらえない、二次面接にすら進めない、と溜め息をついていた。
「ため息ばっかり吐くな。余計凹むぞ」
大学の教室で友人と話す楓花を見つけ、後ろの席に座ってから手を伸ばして髪をわしゃわしゃした。驚いて振り返った楓花は、晴大の顔を見て安心していた。
「だって……全然二次に進まれへんし。嫌になってくる」
「これ、うちの母親から」
晴大は楓花に小さな袋を渡した。
「何これ?」
「クッキーって言ってた。楓花のこと心配してたぞ。駅で会ったらしいな?」
晴大の母親は面接帰りの楓花に会い、家で少し話したと聞いた。そのときは楓花に渡せるものがなかったからと、数日経ってからお菓子を託された。
晴大は楓花を父親の会社に誘っているけれど、楓花はYESとは言わなかった。他人の力に頼ろうとしないのは楓花の良いところだ。一緒に居られる時間が増えるので晴大はスカイクリアに入ってもらいたかったけれど、楓花の気持ちを優先させたいのも、中学の頃から変わっていなかった。仮ではあるけれどプロポーズしているので、一緒に暮らし始める日が今から待ち遠しい。
それからもしばらく楓花は落ち込んでいたけれど、アルバイト先からもらっていた社員登用の話を受けることに決めた。内定、という二文字にずっと拘っていたけれど、アルバイトをしている観光ホテルの仕事が合っていたらしい。ホテルはensoleilléの隣なのもあって、晴大は〝一緒に過ごせる時間が長いかもしれない〟と一人で頬を緩めた。
晴大をライバル視している翔琉は、友人の戸坂彩里と付き合うようになった。入学した頃から友人だったけれど彩里は年上男性しか恋愛対象にしておらず、だから翔琉は楓花を気にしていた。彩里はサークルの先輩と付き合っていたけれど、彼が先に就職し、浮気された、と翔琉に連絡がきた。翔琉は彩里に寄り添い、少ししてから楓花に報告があった。
楓花は晴大との詳しい関係を、舞衣にもちゃんと話したらしい。もちろん、リコーダーのことは抜きで〝音楽〟として。
「舞衣ちゃん鋭いから、何かある気はしてたみたい」
「ふぅん……。俺には特に楓花のこと話さんかったけどな」
晴大は高校時代、舞衣からの告白に良い返事をしていないので、今も舞衣と話すのは抵抗があった。成人式の日も、そのあと大学の帰りに楓花と話す舞衣を見かけたときも、晴大は見ているだけしかできなかった。
「天野さん……就職決まったん?」
「うん。アパレルって言ってた」
「ふぅん……」
続ける言葉を見つけられずにいると、楓花は沈黙の意味を察してくれた。
「たぶんやけど、舞衣ちゃんはもう、晴大のこと何とも思ってないんちゃうかな」
「……そうなん?」
楓花が〝晴大と付き合っている〟と話した時点で誤解は全て解け、過去の事情を話したときは興味深そうに聞いていたらしい。晴大は舞衣には何の感情もないので、晴大次第では舞衣とは普通に話せるのかもしれない。
「天野さんて、彼氏いてるん?」
もちろん、晴大が舞衣を意識して聞いたわけではない。
「たぶんやけど、いてない」
「……波野がさぁ、会いたいって言ってんやけど」
「舞衣ちゃんに? ──連絡先知らんのかな?」
「そうちゃうん? 成人式のとき、聞く前に俺が邪魔した、って怒ってたわ」
丈志と舞衣は話をしていたけれど、途中で晴大が丈志を連れ出した。晴大は舞衣とはあまり関わりたくなかったし、舞衣もおそらく同じだった。丈志は楓花の連絡先も聞けていなかったけれど、晴大との関係を教えたときに居酒屋で交換していた。
「舞衣ちゃん、何て言うかなぁ」
「またフラれるとかやったら、気まずいしな」
丈志と舞衣を会わせる前に、楓花が舞衣に現状を聞いてみることになった。どう切り出そうか悩んだ末にズバリ聞くことにしたようで、彼氏はいるのか、とLINEで聞くと、いない、という寂しい文字と、悲しそうな顔のスタンプが返ってきたらしい。
「波野のこと聞いてみて」
「そっちのほうが難しいわ……」
「早く」
「待って」
大学での休み時間、楓花のスマホを覗き込むと怒られてしまった。少しだけふてくされて頬を膨らませていると、首を突っ込んできたのは翔琉だ。
「渡利、楓花ちゃんの邪魔すんなよ」
「──してないわ」
「渡利君がそんなことするわけないやん。ほら、私らが邪魔やん、あっち行こ」
「あっ、彩里ちゃん、良いって、邪魔ちゃうから」
離れて席を取ろうとする彩里を楓花は呼び止めた。翔琉と彩里は晴大と楓花の前に席を取り、しばらく二人で話をしていた。
楓花は舞衣に丈志のことをどう聞くか夕方まで悩み、結局、帰るまでに良い言葉が浮かばなかったらしい。成人式のときの様子では丈志を嫌っている風には見えなかったけれど、それは中学の頃と何も変わらない。
二人ともアルバイトがない日だったので、地元まで一緒に帰ることにした。
「波野君、高校のときは彼女いたって言ってたよなぁ?」
「そうやな。俺も何回か会ったわ。確か、他に好きな奴できてフラれた、って言ってた」
「ふぅん……。私も公立やったらどうなってたんやろ」
「──あかん、他の奴に狙われるやん」
楓花は自分では認めていないけれど、お世辞抜きで可愛い。だからもしも楓花が公立高校に通っていたら、中学のとき以上に告白されていたかもしれない。晴大と同じ学校だったら防げた可能性はあるけれど、違う学校だった場合は──、想像したくなくて晴大は考えるのをやめた。
「楓花──高校のとき、彼氏おったん?」
「……うん。二人くらい」
予測できたことではあるけれど、できれば〝いなかった〟と言ってほしかった。
「俺のほうが良いやろ?」
「──もう、そんな顔せんでも、晴大が一番やから」
楓花を真剣に見つめると、楓花は笑いながら晴大の手を握った。
最寄駅に到着し、電車を降りた。改札を通って外に出ると、後ろから誰かが楓花を呼んだ。
「ん? ……あっ、舞衣ちゃん」
「いま帰り? 渡利君──一緒に帰ってきたん?」
思っていた以上に、舞衣は普通に話しかけてきた。
「渡利君、良かったなぁ?」
「なにが? ……ああ……。なぁ、楓花、天野さんに、あれ聞いて」
「ん? あれって?」
「舞衣ちゃん、あの──」
楓花は口を開いたけれど、そこから言葉は続かなかった。舞衣は首を傾げながら楓花を見ていた。
「どうしたん? 渡利君、何なん?」
「──波野が会いたいらしいんやけど」
「波野君? あ──、もしかして楓花ちゃん、それで私に〝彼氏いるんか?〟って聞いてたん?」
舞衣は丈志に会わない理由は特にないようで、四人で会う日がすぐに決まった。晴大と楓花が仲良くしていることを羨ましそうにしていた丈志は、さっそく舞衣から連絡先を聞いていた。そして丈志は舞衣に、何年ぶりかに告白した──けれど、残念ながらフラれてしまったらしい。
「……ドンマイやな」
「でもな、聞いて、友達からなら良い、って!」
「ため息ばっかり吐くな。余計凹むぞ」
大学の教室で友人と話す楓花を見つけ、後ろの席に座ってから手を伸ばして髪をわしゃわしゃした。驚いて振り返った楓花は、晴大の顔を見て安心していた。
「だって……全然二次に進まれへんし。嫌になってくる」
「これ、うちの母親から」
晴大は楓花に小さな袋を渡した。
「何これ?」
「クッキーって言ってた。楓花のこと心配してたぞ。駅で会ったらしいな?」
晴大の母親は面接帰りの楓花に会い、家で少し話したと聞いた。そのときは楓花に渡せるものがなかったからと、数日経ってからお菓子を託された。
晴大は楓花を父親の会社に誘っているけれど、楓花はYESとは言わなかった。他人の力に頼ろうとしないのは楓花の良いところだ。一緒に居られる時間が増えるので晴大はスカイクリアに入ってもらいたかったけれど、楓花の気持ちを優先させたいのも、中学の頃から変わっていなかった。仮ではあるけれどプロポーズしているので、一緒に暮らし始める日が今から待ち遠しい。
それからもしばらく楓花は落ち込んでいたけれど、アルバイト先からもらっていた社員登用の話を受けることに決めた。内定、という二文字にずっと拘っていたけれど、アルバイトをしている観光ホテルの仕事が合っていたらしい。ホテルはensoleilléの隣なのもあって、晴大は〝一緒に過ごせる時間が長いかもしれない〟と一人で頬を緩めた。
晴大をライバル視している翔琉は、友人の戸坂彩里と付き合うようになった。入学した頃から友人だったけれど彩里は年上男性しか恋愛対象にしておらず、だから翔琉は楓花を気にしていた。彩里はサークルの先輩と付き合っていたけれど、彼が先に就職し、浮気された、と翔琉に連絡がきた。翔琉は彩里に寄り添い、少ししてから楓花に報告があった。
楓花は晴大との詳しい関係を、舞衣にもちゃんと話したらしい。もちろん、リコーダーのことは抜きで〝音楽〟として。
「舞衣ちゃん鋭いから、何かある気はしてたみたい」
「ふぅん……。俺には特に楓花のこと話さんかったけどな」
晴大は高校時代、舞衣からの告白に良い返事をしていないので、今も舞衣と話すのは抵抗があった。成人式の日も、そのあと大学の帰りに楓花と話す舞衣を見かけたときも、晴大は見ているだけしかできなかった。
「天野さん……就職決まったん?」
「うん。アパレルって言ってた」
「ふぅん……」
続ける言葉を見つけられずにいると、楓花は沈黙の意味を察してくれた。
「たぶんやけど、舞衣ちゃんはもう、晴大のこと何とも思ってないんちゃうかな」
「……そうなん?」
楓花が〝晴大と付き合っている〟と話した時点で誤解は全て解け、過去の事情を話したときは興味深そうに聞いていたらしい。晴大は舞衣には何の感情もないので、晴大次第では舞衣とは普通に話せるのかもしれない。
「天野さんて、彼氏いてるん?」
もちろん、晴大が舞衣を意識して聞いたわけではない。
「たぶんやけど、いてない」
「……波野がさぁ、会いたいって言ってんやけど」
「舞衣ちゃんに? ──連絡先知らんのかな?」
「そうちゃうん? 成人式のとき、聞く前に俺が邪魔した、って怒ってたわ」
丈志と舞衣は話をしていたけれど、途中で晴大が丈志を連れ出した。晴大は舞衣とはあまり関わりたくなかったし、舞衣もおそらく同じだった。丈志は楓花の連絡先も聞けていなかったけれど、晴大との関係を教えたときに居酒屋で交換していた。
「舞衣ちゃん、何て言うかなぁ」
「またフラれるとかやったら、気まずいしな」
丈志と舞衣を会わせる前に、楓花が舞衣に現状を聞いてみることになった。どう切り出そうか悩んだ末にズバリ聞くことにしたようで、彼氏はいるのか、とLINEで聞くと、いない、という寂しい文字と、悲しそうな顔のスタンプが返ってきたらしい。
「波野のこと聞いてみて」
「そっちのほうが難しいわ……」
「早く」
「待って」
大学での休み時間、楓花のスマホを覗き込むと怒られてしまった。少しだけふてくされて頬を膨らませていると、首を突っ込んできたのは翔琉だ。
「渡利、楓花ちゃんの邪魔すんなよ」
「──してないわ」
「渡利君がそんなことするわけないやん。ほら、私らが邪魔やん、あっち行こ」
「あっ、彩里ちゃん、良いって、邪魔ちゃうから」
離れて席を取ろうとする彩里を楓花は呼び止めた。翔琉と彩里は晴大と楓花の前に席を取り、しばらく二人で話をしていた。
楓花は舞衣に丈志のことをどう聞くか夕方まで悩み、結局、帰るまでに良い言葉が浮かばなかったらしい。成人式のときの様子では丈志を嫌っている風には見えなかったけれど、それは中学の頃と何も変わらない。
二人ともアルバイトがない日だったので、地元まで一緒に帰ることにした。
「波野君、高校のときは彼女いたって言ってたよなぁ?」
「そうやな。俺も何回か会ったわ。確か、他に好きな奴できてフラれた、って言ってた」
「ふぅん……。私も公立やったらどうなってたんやろ」
「──あかん、他の奴に狙われるやん」
楓花は自分では認めていないけれど、お世辞抜きで可愛い。だからもしも楓花が公立高校に通っていたら、中学のとき以上に告白されていたかもしれない。晴大と同じ学校だったら防げた可能性はあるけれど、違う学校だった場合は──、想像したくなくて晴大は考えるのをやめた。
「楓花──高校のとき、彼氏おったん?」
「……うん。二人くらい」
予測できたことではあるけれど、できれば〝いなかった〟と言ってほしかった。
「俺のほうが良いやろ?」
「──もう、そんな顔せんでも、晴大が一番やから」
楓花を真剣に見つめると、楓花は笑いながら晴大の手を握った。
最寄駅に到着し、電車を降りた。改札を通って外に出ると、後ろから誰かが楓花を呼んだ。
「ん? ……あっ、舞衣ちゃん」
「いま帰り? 渡利君──一緒に帰ってきたん?」
思っていた以上に、舞衣は普通に話しかけてきた。
「渡利君、良かったなぁ?」
「なにが? ……ああ……。なぁ、楓花、天野さんに、あれ聞いて」
「ん? あれって?」
「舞衣ちゃん、あの──」
楓花は口を開いたけれど、そこから言葉は続かなかった。舞衣は首を傾げながら楓花を見ていた。
「どうしたん? 渡利君、何なん?」
「──波野が会いたいらしいんやけど」
「波野君? あ──、もしかして楓花ちゃん、それで私に〝彼氏いるんか?〟って聞いてたん?」
舞衣は丈志に会わない理由は特にないようで、四人で会う日がすぐに決まった。晴大と楓花が仲良くしていることを羨ましそうにしていた丈志は、さっそく舞衣から連絡先を聞いていた。そして丈志は舞衣に、何年ぶりかに告白した──けれど、残念ながらフラれてしまったらしい。
「……ドンマイやな」
「でもな、聞いて、友達からなら良い、って!」



