Pure─君を守りたかったから─

【楓花】

 二月の初旬に、楓花は私立の女子高への進学が確定した。友人たちの多くは併願で公立高校の受験がまだ残っていたので、同じく私立専願で合格した友人と休日に遊びに行った。地元のショッピングセンターで買い物をして、受験が残っている友人たちへの合格祈願に受験仕様にラッピングされたお菓子をプレゼントした。
 受験が残ってはいるけれど学校行事は変わらないので、合唱コンクールや卒業生を送る会、卒業式の準備や記念品の製作も始まっていた。
「長瀬さん、今年も──お願いして良いかなぁ?」
 二学期のうちに、合唱コンクールの伴奏は楓花に決まっていた。冬休みや一月中はあまり練習できなかったけれど、それでも楓花は授業で合わせられるくらいにはできていたらしい。
「こんだけ弾けてたら、高校に行っても重宝されるやろなぁ」
 と佐藤は言っていたけれど、音楽の授業は高校で一年間しかなく、楓花がクラスメイトのためにピアノを弾く時間がないまま高校を卒業するのもまた、別の話だ。
 卒業生を送る会の前日の放課後は、楓花と舞衣は放送部として、一年生二人と一緒に体育館にいた。すべてのクラブと顧問の先生を撮影したものを副顧問が編集し、一度チェックしたものを改めてスクリーンで確認していた。
 普段の活動風景や卒業生が引退してからの報告と、卒業生へ向けたメッセージがまとめられていた。
「あれ? 何してるん? ちょっと見よ」
 体育館前方の扉から現れたのは、引退したはずの三年生バスケットボール部員数名だった。先生たちに頼まれて、何かの準備をしていたらしい。
 先頭で出てきた佳雄が卒業生用に並べられた椅子の端に座ると、他のメンバーも並んで座ってしまった。問題はないけれど、お楽しみが減ってしまうことになる。それでもバスケットボール部のシーンは過ぎたあとだったので楓花は少し安心したけれど、部員たちは残念そうにしていた。
「あっ、楓花先輩、彼氏いてますよ」
「え? 誰って?」
 一年生のうち一人に囁かれて振り返ると、〝自分たちの後輩の姿は明日にお預けか〟と立ち上がるメンバーの中に晴大の姿があった。
「彼氏彼氏!」
「違うから」
「そうなんですか? いつ見ても格好良いなぁ、渡利先輩」
「渡利君のことは私より──舞衣ちゃんに教えてあげて」
「えっ? 舞衣ちゃん先輩……どこやろ……?」
 舞衣は作業する手を止めて、体育館を出ていこうとする晴大の後ろ姿を見つめていた。楓花はそれをじっと見ていたけれど、一年生は舞衣のほうに近づいてニヤリと覗き込んだ。
「わっ、びっくりした」
「うふふっ」
「なにぃ? その顔?」
「別にぃ。応援してます。うふふっ」
「応援するって、何を? えっ?」
 一年生は小さな声で「渡利先輩ーっ」と呼びながら晴大に手を振っていた。晴大は気付いていなかったけれど、舞衣は慌てて後輩の手を止めた。
「楓花ちゃーん、この子どうにかして」
 舞衣が笑いながら怒り始めると、一年生は同じく笑いながらどこかに行ってしまった。卒業生を送る会の準備はほとんど終わっていたので、先生に頼まれて道具を片付けに行ったのかもしれない。
「ごめん舞衣ちゃん、あの子に言うてもぉた」
「むぅ……」
「そういえばもうすぐバレンタインやけど……あげるん?」
「ううん。何も考えてない。楓花ちゃんは?」


【晴大】

 楓花が第一志望の私立高校に専願で合格した、と噂に聞いた。そこそこ偏差値は高いのでおめでたいけれどそれは晴大と同じ高校に通う可能性が無くなったことなので、晴大はしばらくショックを受けていた。
 修学旅行のあとから少しだけ外で(・・)話すようになったので、バレンタインに何かもらえることを期待していた。もらえた場合は、卒業後のホワイトデーにお返しに行くつもりにしていた。けれど楓花は誰にも用意しなかったようで、晴大が姿を見かけることもなかった。代わりに晴大の鞄をゴツゴツと膨らませたたくさんの義理チョコは、クラブの部室に持っていって後輩たちにあげた。
「こんなに良いんですか?」
「うん、やるわ」
「先輩の本命やったら悪いですよ」
「ない」
 同級生として嫌いな女子生徒はいないけれど、異性として好きなのは楓花だけだった。持ってきてくれた女子生徒たちには、ホワイトデーには会えないので返せない、と伝えている。──過去二回のホワイトデーも、返していないけれど。
「先輩、格好良いからなぁ……俺もこんないっぱい貰いたいわ」
「困るだけやで。……女子に言ったら怒られるけどな」
 卒業生を送る会で映像を見たので、今のクラブの様子はだいたい分かっていた。体育祭での晴大の活躍を見てから入部した生徒が複数いたけれど、何人かは既に辞めて陸上部へ移ってしまったらしい。
「渡利先輩、彼女いるんですか?」
「……おらん」
「えーっ、こんだけモテてんのに……」
 楓花が誰を好きなのかは、晴大はまだ知らない。どちらかというと好かれていると信じているけれど楓花がそんな素振りを見せることはなかったし、悠成からの告白を断ったのも既に三回になったと噂で聞いた。
 高校生になったら舞衣が告白してくるかもしれない、とは丈志から聞いた。楓花よりも舞衣のほうが晴大を見ると照れていたし、もしも楓花との関係がなくなった場合はデートくらいしてみようか、と考えていた。舞衣がどこの高校を受験するかは知らないけれど、公立が第一志望なので通学電車で会う可能性は楓花より高い。
 それでも──。
 晴大は楓花以外の恋人候補を考えられず、楓花のことを考えている時間が増えた。好きな気持ちを伝えたいけれど仲が良いことを誰も知らず、知られることを楓花は嫌がっていた。このまま卒業してしまうと会う機会はなくなり、想いは伝わらずに終わる──。
「くっそ……」
「ん? 渡利、なにイラついてん?」
 教室での自習の時間に、つい声に出してしまった。自習といっても静かではなく、晴大の声を聞いたのは隣の席の佳雄だけだった。
「いや……別に……」
「こないださあ、受験前の懇談あったやん? 何か言われたん?」
 公立高校を受験する生徒たちを対象に懇談が行われていた。晴大も母親と参加して、予定どおり学区内の最高レベルの学校を受けることに決めた。私立高校に合格しているので、公立も問題ないだろうと言われた。
「いや? たぶん受かるやろ、って」
「ふぅん。良いよなぁ、おまえ私立も良いとこ受かってるもんなぁ。あ──もしかして──、またバレンタイン貰えんかったとか?」
「……っせぇ」
 佳雄が口を押さえてニヤリと笑うので、晴大は頬を膨らませてそっぽを向いた。晴大の人気は落ちていないけれど、片想いの相手がいる、という噂は同級生のほぼ全員が知っている。〝それはきっと過去にチョコレートをあげていない私だ〟と思いたい女子生徒からアピールされることはあったけれど、楓花からは悲しいほどに何の接触もなかった。