Pure─君を守りたかったから─

【晴大】

 大阪に住んでいると、小学校の修学旅行はだいたい広島らしい。クラスメイトたちと話していると全員がそう言っていたし、中学の修学旅行はだいたい東京らしい、とこれは塾で聞いた。同じ関西圏でも晴大の両親は長崎だったとか、伊勢だったとか、時代によっても違っているらしい。
「なあ、渡利、おまえ……好きな子のとこ行ってこいよ?」
「──無理やろ、班行動やし」
「いまは自由やん? 俺と悠成で、天野さんと長瀬さん探すし」
 朝から夕方までテーマパークで過ごす日は、クラスを越えて友人たちで自由にグループを作れることになった。晴大はとりあえずクラスメイトの佳雄に声をかけようと思っていたけれど、なぜか丈志と悠成との三人になってしまった。
 悠成は二度目に楓花にフラれてからも、楓花を見かける度に適当に理由を作って接触しているらしい。楓花も特に嫌がらず、友人として話してくれるらしい。
 晴大に提案してきたのは、丈志だ。
「勝手なこと言うな……。そもそも、一緒にいるとこ見られたくない、って言われてるし」
「ああ、そっか」
「それにしても矢嶋、なんで俺なん? 俺のこと嫌いちゃうん?」
 晴大と一緒に行動したい、と言ってきたのは悠成のほうだった。そのとき隣に丈志がいたので、三人組になった。
「別に、嫌いちゃうで。ただ渡利のこと知りたいだけ」
「はぁ?」
「俺もやけど、おまえのことも長瀬さん興味無さそうやん? もしそれが嘘で、おまえも長瀬さんが好きやとしたら、長瀬さんはどうするんかなぁ、と思って」
 もしも楓花が、悠成と晴大の両方を好きだったら?
 もしも悠成と晴大が同時に楓花に告白したら?
 楓花は晴大を選ぶと信じたいけれど、保証は全くない。
「……俺に勝てることでも探そうとしてん?」
「まぁな。でも単純に、普通に仲良くなりたいってのもあるで」
「そんなこと言ってもさぁ矢嶋、既におまえ長瀬さんとよく喋ってるやん? 渡利あれやで、好きな子いるから長瀬さんには靡かんで」
「それなら良いんやけどなぁ」
 早く楓花と舞衣を見つけて一緒に行動したい、と丈志と悠成は笑いながら二人を探し始めた。溜め息を一つ吐いてから、晴大も後を追う。
 晴大が好きなのは楓花なので、探しに行ったとしても結果は同じだ。そもそも楓花には外で(・・)会うことを拒否されているので、探したいけれど一人では無理だ。ときどき空いている乗り物に乗りながら、広い園内を歩き回って楓花と舞衣を探した。
 午前中には見つけられず、いつの間にか午後になっていた。
「無理やろ、広すぎる」
「暑いな、アイス食べよ」
 遅めの昼食を取ってから、アイスクリームを食べることにした。影を探して大きな木や壁の近くに行くと、噴水に辿り着いた。
「どこも人多いな。……あっ、おった!」
 丈志が声をあげて、おーい、と手を振った。視線の先を見ると、噴水の淵で休んでいる楓花と舞衣を見つけた。楓花と舞衣も暑さに参っていたようで、それぞれ大きなかき氷を食べていた。
 二人に会えて一緒に行動することになったのは良かったけれど、アトラクションの待ち時間がものすごく気まずかった。晴大が丈志と二人だったら楓花もおそらく気にしなかったけれど、悠成がいることで楓花にも変な気を遣わせてしまった。


【楓花】

 テーマパークの中で晴大に会えたのは嬉しかったけれど、同時にものすごく居心地が悪かった。
 丈志は舞衣が好きだけれど、舞衣は晴大が好きだ。悠成は楓花が好きで楓花も彼が好きだけれど告白には断っているし、晴大のことも好きだ。そして晴大には好きな人がいるらしいけれど、それが誰なのかは本人しか知らない。楓花は晴大と話したいけれど、友人たちは接点を知らないので親しくしすぎてはいけない。
「あーっ、どうしたんそこ? どういう組み合わせ?」
 楓花たちがアトラクションに並んでいると、近くを通った同級生たちに見つかってしまった。楓花と晴大と悠成の関係はほぼ全員が知っているので、楓花が晴大と悠成を試しているようにも見えてしまうらしい。
「さっきそこで会ってん。人数多いほうが楽しいやん?」
 丈志が答えるのを、楓花は黙って聞いていた。舞衣と女子トークをしたかったけれどそれはできないし、悠成と話していると晴大は──気のせいかもしれないけれど──表情が固くなる。丈志は舞衣と話そうとするけれど舞衣は晴大と話したそうで──、どうして良いのか全く分からない。
「そういえば渡利──おまえ、長瀬さんと天野さんのことあんまり知らんのやな?」
「……まぁ、そうやな……長瀬さんは、知ってる気もするけどな」
「ははっ、噂ってすごいよな」
「楓花ちゃん──、大丈夫?」
「え? あ──うん、大丈夫」
 列が動いたようで、前に並ぶ男三人は先に進んでいた。楓花は後ろの人に謝ってから慌てて進んだ。
 晴大とほんの一瞬だけ目が合って、二年前のことを思い出していた。晴大が弱音を吐いていたように、楓花もクラスへの不満をときどき話していた。もしかすると晴大も、当時のことを思い出したのかもしれない。
「そういえば長瀬さん、志望校決めたん?」
 悠成が聞いてきた。
「うん、だいたい。私立に行け、って言われてるから、たぶん専願でいくと思う」
「どこ受けるん?」
「○○か△△かなぁ。どっちにしても、通学に一時間くらいかかるわ……」
「楓花ちゃん、女子校やったらさぁ、──当たり前やけど、彼氏できにくいで?」
 舞衣は最後の言葉は控えめに言った。
「……それは、なんとかなるんちゃう?」
 楓花はその話は舞衣と二人でしたかったけれど、残念ながら男たちにも聞こえていたらしい。
「長瀬さん私立やったら、電車とかで会われへんやん」
「矢嶋、おまえも近くの学校にしたらええやん」
「あっ、その手があったか!」
 丈志と悠成は楽しそうに話しているけれど、
「たぶんやけど──○○と△△、近くに矢嶋のレベルの学校ないで」
 晴大の言葉に二人揃って顔を歪めていた。
 楓花の志望校はどちらも都会にあるので近くには私立高校はたくさんあるけれど、晴大の言う通り、優秀な悠成が通うような学校はなかった。悠成に合う学校は公立のトップクラスか、楓花よりも通学に時間がかかりそうな私立だ。
「天野さんは高校どうするん?」
「私は公立に行きたいけど……どうなるやろなぁ」
「渡利……おまえも公立よな?」
「──たぶんな」
「おまえ──あれ──ぷっ」
「なに?」
「別に? あっ、見えてきた、もうすぐ乗れる!」
 丈志は悠成を連れて前へ進み、晴大は溜め息を吐いてから追った。楓花と舞衣も、少し遅れて続いた。
「渡利君って、まだ失恋引き摺ってるん?」
「……って波野君は言ってたけど」
「誰なんやろう……」
 晴大の背中を見ながら舞衣は溜め息をついた。
「長すぎへん? もう脈無しなんじゃない? 舞衣ちゃん、がんばれ」