Pure─君を守りたかったから─

【楓花】

 体育祭が近づいてまた、楓花たち放送部員はアナウンスを担当することになった。普段から朝と昼の放送はしているけれど、全員が集まることは月に一度ほどしかないので、集まったところで十人もいないことに悲しくなってしまう。しかも全員が三年生なので、部としての存続を心配してしまう。
「うちら卒業したら、どうなるんやろな?」
「誰か入ってくれへんかなぁ。一年か二年か……でも、もう六月やしなぁ。一年でもクラブ決めてるよなぁ」
 楓花たちが一年生のときはほんの一瞬だけ先輩がいたけれど、同じ一年生も、もちろん他の学年でも年度内には誰も入ってこなかった。二年生になる前の春休みに〝部員大募集〟とポスターを作って掲示していたけれど誰も入ってこなかったし、今年も同じだった。
「どうするんやろな……委員会になったりして?」
 楓花は今年は、アナウンスを少しサボろうかと考えていたけれど。
「長瀬さん。今年もよろしくね」
 担当を話し合っている隣で、顧問が笑っていた。
「……何をですか?」
「楓花ちゃん何かした?」
「去年のアナウンス聞きやすかった、って職員室で話題になってたよ。あと、あれ──君ら一年生のときかなぁ、文化祭で絵本の朗読したの、あれも上手かった、って」
「えっ、また朗読するん? あのはっずいベレー帽で」
「ううん、文化祭はまた違うことしようと思ってんやけど……、体育祭、大きい種目は長瀬さんにアナウンスお願いしたいなぁ」
 アナウンスがある大きい種目といえば、クラス対抗リレーか部活対抗リレーだ。アナウンスすること自体は問題ないけれど、その種目に晴大が出場するかもしれない、と最初に考えてしまった。体育祭での出場種目は決まっているけれど、彼が何に出場するのか楓花の耳には全く届いていない。
「え……でもさぁ、みんな今年で最後やし、やってないやつにしようよ」
「良い良い、うち担当なくても良いくらいやし」
「そうそう、普段も長瀬さん放送当番やってくれてるし、長瀬さん部長でも良いで」
「……部長は嫌」
 それからしばらく話し合った結果、楓花はクラス対抗と部活対抗の二つのリレーでアナウンスを担当することに決まってしまった。クラスメイトに紛れて見通しの良い場所を探しながらの観戦と比べると、本部席で座って観られるのは楽ではあるけれど、また晴大に注目してしまいそうなことが怖かった。
 晴大は休み時間に見かける限りでは態度は何も変わっていないけれど、ほんの少しだけ髪型が変わっているように見えた。散髪したので短くなりました、ではなく、お洒落な感じがした。少しずつ背も伸びているようで、彼を見るとき見上げることも増えた。楓花はいつの間にか、そんな晴大のことが以前よりも気になるようになってしまっていた。それでも──、彼との関係を変えるわけにはいかなかった。
「長瀬先輩、どこ見てるんですか? 彼氏ですか?」
「えっ? 違う違う」
 体育祭当日になって、顧問から〝部員が増えた〟と一年生女子を二人紹介された。二人とも初めは三年生たちと距離を取っていたけれど、午後からは楓花と舞衣に話しかけるようになった。部活のことを話しているうちに打ち解けて、関係ないことも聞いてくるようになった。
「部活対抗リレー……あっ、渡利先輩いてるっ!」
「……知ってんの?」
「はい。三年に格好良い先輩がいる、って噂になってます」
 隣ではしゃぐ後輩二人を冷ややかに見てから、楓花は思わず晴大のほうを見た。


【晴大】

 楓花が今年もリレーのアナウンスをすることは、体育祭の数日前に噂で聞いた。どのリレーだろうか、今年はクラス対抗だろうか、と予想していた。
 隣のクラスなので当然、グラウンドでのクラス席も隣だったけれど、楓花はほとんどそこにはいなかった。部長よりも重要なことを任されているのか、出番のとき以外は本部席にいた。そんな楓花をじっと見ていた一年生二人は──体操服のデザインが今年度入学の生徒から変更になった──放送部員だったようで、顧問や他の先生から仕事を頼まれていた。
「おーい、渡利ーっ」
 晴大を呼んだのは丈志だった。彼は障害物リレーに出ていたので晴大は見ていたけれど、退場門を出てからは姿を見失っていた。
「おまえ、どこ行ってたん?」
「ん? 本部。長瀬さんと喋ってた」
「……なに喋ってたん?」
「何のアナウンスするんか聞いてた。クラス対抗と、部活対抗もやって。良かったな、おまえ両方出るやん」
「別に……」
 と言いながら、晴大は心の中でガッツポーズをしていた。
「おまえ好きな子いるもんなぁ。でもさぁ、俺のクラスでも長瀬さん人気やで」
 教室の前を楓花が通ったり、昼の放送で声が聞こえたりしたときは男連中が盛り上がっているらしい。
「……そんな可愛いか?」
 晴大はできる限りテンションを落として聞いた。二年前から彼女のことが気になっている、とは気付かれたくなかった。
「どうやろ。俺は天野さんのほうが良いけど……。あ、そうや、悠成もおまえと一緒、リレー両方出るらしいで。ははっ、あいつはまだ長瀬さん諦めてないって言ってたわ」
 丈志が笑いながらクラス席に戻るのを見てから、晴大は長めに溜め息をついた。もしも好きな子と付き合うことになったら教える、と丈志に言っているし実際に教えたいけれど、そんな日が来る保証は今のところない。
 体育祭が終盤になり、クラス対抗リレーのために晴大は入場した。予想していた通り、楓花は晴大のほうを見てはくれなかった。走っているときは注目されていたと信じているけれど、晴大は前を走る誰も抜くことができなかった。楓花は何を思ったのだろうか──、評価が下がっていないことを願うしかない。
 先生たちのリレーを挟んでから、晴大は今度はクラブのユニフォームに着替えて部活対抗リレーで入場した。楓花はアナウンス席に座っているけれど先程と変わらないだろう──と思って顔を上げると、一年生の一人が晴大を見ていた。それにつられたのか、楓花も晴大を見た。残念ながら楓花はすぐに横を向いてしまったけれど。晴大はまた前を走る他の部活を二つ抜いて、陸上部に続いて二位でゴールテープを切った。
 フォークダンスで当たる女子生徒の中に、また楓花はいない。運良く今年は同じ円になっていたけれど、楓花が回ってくることはなかった。
 楓花に最後にリコーダーを見てもらった日から、一年と四ヶ月が経過していた。その間に晴大にはいろんな噂が出てきていたけれど、どれも晴大には興味のないことだった。晴大が楓花に告白する、という噂も事実ではないし、するとしても目立ちたくはなかった。
 体育祭が終わってしまうと、晴大が楓花にアピールできるチャンスは──ない。何かの偶然を装って、近づくしかない。
 クラスでの用事を済ませてから教室を出ると、隣のクラスの前に悠成がいた。
「おまえ、何してるん?」
「え……いや……」
「もしかして──長瀬さん?」
 既に楓花は呼び出されていたようで廊下に出てきて、悠成の隣に晴大がいるのを見て少しだけ顔をひきつらせていた。
「矢嶋君、なに?」
「あの──」
 悠成はなぜか、晴大のほうを見た。
「長瀬さん……、俺と渡利、どっちがタイプ?」
「は?」
「えっ?」
 想定外の展開に、楓花は驚いて晴大と悠成を交互に見ていた。