Pure─君を守りたかったから─

【楓花】

 中学一年のクラス分けは、小学校のときに仲が良かった人たちが何人か同じクラスになるように。
 中学二年のクラス分けは、一年のときに仲が良かった人が一人はクラスにいるように、且つ、ピアノを弾ける生徒が分散するように。
 中学三年のクラス分けは、最終学年なのもあって先生たちは真剣に会議をする──らしい。二年のときの基準のほかに、生徒たちの将来を考えて仲が良くても悪影響になりそうなものは離す。とはいえ、公立高校受験に必要な内申点はほぼ確定しているので、頑張ったところで成績が上がっても内申点か良くなることは期待できないけれど。
「やったぁ、楓花ちゃん、また同じクラス!」
 中学三年の一学期始業式の朝、クラス発表を見た舞衣が楓花の隣で喜んでいた。ということは、楓花は舞衣とはそこそこの良い関係で付き合えているらしい。複雑な気もするけれど、話しやすい友人が同じクラスなのは嬉しいことではある。
 一年のときに仲が良かった丈志はまた違うクラスだった。二年のときに少し噂になった悠成とも離れ、彼はクラス発表の紙を見ながら悲しそうにしていた。
「渡利君はどこやろ? あっ、隣やって」
 晴大ともクラスは違ったけれど隣のようで、舞衣の言葉を聞いて楓花は一瞬、息を詰まらせてしまった。
「とな、隣? 体育とか一緒なんや」
 もちろん、体育は二クラス合同の男女別なので、一緒になることはないけれど。顔を合わせることは増えるかもしれない、とやはり身構えてしまう。
 楓花は晴大が格好良いとは思うし、人気なのも分かっている。リコーダーを教えてほしいと頼まれたときは戸惑ったけれど、彼と秘密を共有することは単純に嬉しかった。それでも晴大が楓花を意識しているとは思えなかったし、楓花も彼を本気で好きになってしまうのが怖かった。距離を置いたことで楓花は勉強に専念することができて晴大のことを意識しなくなったけれど、秘密を共有している以上、どうしても言葉は選んでしまった。
「隣やったらさぁ、体育以外でもときどき二クラス合同とかクラス順とかあるやん? 仲良くなれるかなぁ?」
 体育は男女別になるけれど、行事のときに一緒になる可能性は高い。集会等で整列するときも、もしかすると隣になる可能性はある。
「そうやなぁ……少なくとも、顔と名前は覚えてもらえるんちがう?」
「えっ、そっから? 話したことあるし、顔見たら〝おーっす〟とか言ってもらいたいな」
 舞衣が楽しそうに話すのを見ながら、楓花は誰にも見つからないように溜め息をついた。楓花ももちろん、晴大と普通に話せるようになると嬉しいけれど、もしも仲良くなったときの周りの反応が怖い。
 朝の放送当番のために放送室で十分ほど過ごし、予鈴が鳴るのを待ってから教室に行くと、楓花はさっそく噂好きの女子生徒たちに囲まれてしまった。顔と名前は知っているけれど、今まで同じクラスになったことはない。
「長瀬さんっ」
「な、なに……?」
「長瀬さんて、彼氏いてるん?」
「ええっ? いてないけど……なんで?」
「去年さぁ、矢嶋君と噂になってたやん? 違うん?」
 友人たちの間では楓花の答えが知られていたけれど、それ以外の人たちには噂のままで残っていたらしい。それよりも楓花は、自分のことが噂になっている事実に驚いてしまった。
 悠成とは仲は良かったけれど恋愛感情はない、と言うと、女子生徒たちは安心したように少し笑顔になっていた。バレーボール部の副キャプテンだった彼は、先輩が引退してからキャプテンになったらしい。そんな悠成も晴大と同じように──晴大より勢いは劣るけれど──女子生徒たちからキャーキャー言われている。
「じゃあ、男子たちが言ってることがほんまなんかな」
「……何を言ってるん?」
 楓花が聞くと、彼女たちは笑いながら言いにくそうに口を押さえていた。すぐに本鈴が鳴って担任が来てしまったので、続きを聞くのはお預けになってしまった。


【晴大】

 勉強はそれほど嫌いではないけれど、学校にはいつも時間ギリギリに行く。早くに行っても特に用事がないので、早すぎるとチャイムが鳴るまで暇な時間になる。
 それでもせめて新年度のクラス発表の日は、と早めに登校したけれど、自分のクラスを知ってまた、晴大は盛大に溜め息をついてしまった。楓花とはまた同じクラスになれなかった。階段を三階まで上がるのに疲れてしまい、教室に着くと自分の席に滑り込んだ。周りを確認はしなかったけれど、〝わ〟の晴大の後ろに誰もいないので最後尾なのは間違いない。
「おーっす渡利、今日は早いな」
「最初やしな……」
 今年は佳雄が同じクラスで、丈志は離れたクラスになった。──はずが、晴大が佳雄と話していると丈志の声が廊下から聞こえた。
「渡利、チャンス!」
「──なにが?」
「隣のクラスやで。長瀬さん」
「……で?」
 晴大は本当は、その事実を聞いてものすごく嬉しかった。けれど楓花とのことは誰にも話していないので、あからさまには喜べなかった。楓花のことは特に気にしないふりをして、丈志の言葉を待った。
「隣のクラスやったらさぁ、ちょっとは仲良くなれるんちゃう?」
「──用事なかったら喋らんやろ」
「そこは上手いことさぁ、適当になんか、偶然装って話しかけたら良いやん」
 丈志はまた、晴大を使って楓花の好みを探ろうとしているらしい。仮に楓花に告白したとしてOKを貰えれば嬉しいけれど、断られた場合はそれがたとえ嘘だとしても、晴大にはダメージが大きい。
「……勝手なこと言うな」
「ええー。悠成より人気なんって、おまえしかおらんやん。嫌いではないと思うけどなぁ」
「──俺、波野に、話したよな?」
「何を? あ──そうやけど──、気になるやん? 長瀬さんが誰を好きなんか」
「別に。誰でも良いし」
 もちろん、それは嘘だ。
 本当のことがバレないように無関心を装っていると、丈志はつまらなくなったようでぶつぶつと呟きながら教室を出ていった。
 彼がどこに行ったのか晴大は気にしていなかったけれど、楓花のクラスだったらしい、と始業式の後で知った。〝悠成からの告白を断った楓花に晴大が挑むらしい〟と噂になっていた。
 楓花と隣のクラスではあるけれど、晴大のクラスのほうが階段から遠かったので、楓花の姿はあまり見かけなかった。もしも反対だったら、ドアのすぐ隣の席の晴大は何回も楓花の姿を見ることができたかもしれないけれど──晴大のクラスに楓花の友人はいないので、今年も去年と変わらないのでは、と悲しくなってしまう。
「はぁ? 別に何ともないし。一緒にすんな」
 一日の予定が終わって帰ろうとしていると、クラスの男子生徒に〝楓花のところに行かないのか〟と話しかけられた。悠成の件があってから、楓花は周りから注目されているらしい。
「それに、迷惑やろ……」
「渡利君やったら大丈夫やって!」
 少し前までは晴大のほうが噂されていたはずが、晴大を見てキャーキャー騒いでいた女子生徒まで晴大の応援をするようになっていた。それはそれで嬉しいけれど、楓花に迷惑はかけたくなかった。だから本当は楓花と話したいのを我慢して、興味がないふりを続けていた。