年が明けて三学期になって一週間ほど経った頃の休日、晴大は丈志と二人で買い物に行った。地元にある小さなショッピングセンターでふらふらと歩いていると、舞衣を見かけた。近くに楓花がいるのだろうか、と思ったけれど、丈志が話しかけると舞衣は一人だった。
「長瀬さんは誘わんかったん?」
「うん……今日は、楓花ちゃんの誕生日プレゼント買いに来たから」
「へぇ……もうすぐなん? いつ?」
楓花の誕生日は一月の中旬で、成人の日の少しあとになることが多いらしい。
「何あげるん?」
「まだ決めてない、何が良いかなぁ……」
丈志は舞衣から告白を断られているけれど、舞衣は以前と変わらず友達として接してくれるらしい。
「長瀬さん……何が好きなんやろな。渡利、おまえどう思う?」
「え? 俺に聞かれても……」
晴大が思い浮かぶものは、音楽しかない。
「音符の絵描いてるやつとか? 何でも良いんちゃうん?」
「うーん……お店で見ながら考えるわ」
舞衣は笑いながら離れていき、近くにあった雑貨屋に入った。晴大も楓花に何かあげようか──と思ったけれど、楓花を呼び出す口実がない。偶然にどこかで会ったとしても、周りに誰かがいると非常に渡しにくい。
「矢嶋に教えたろっか? 長瀬さんの誕生日」
「矢嶋? ……フラれたんちゃうん?」
「でもさぁ、一応は仲良くしてるらしいやん?」
「ああ……知ってるかもしれんけどな」
楓花は丈志をふった舞衣のように、悠成とは相変わらず仲良くしているらしい。楓花より悠成のほうが優秀なようで、楓花が悠成に質問すると悠成は喜んでいる、とも噂で聞いた。
晴大と丈志は学校で使う文房具を適当に買ってから、ショッピングセンター内にあるファストフード店に行った。食事時ではないので飲み物とサイドメニューのスナックを注文し、トレイを持って窓際の席を取った。
「三学期ってさぁ、すぐテストよなぁ。あっ、そういえば渡利、バレンタイン……またいっぱい貰うんちゃうん?」
「さぁ……減るんちゃうか?」
晴大の人気は落ちていないけれど、キャーキャー騒ぐ女子生徒の数は少し減っていた。単に晴大に慣れたのかもしれないし、告白してきた数人を同じ理由で断っているので、渡したところで彼女にはなれない、と諦めた人が多い気がしていた。〝晴大には義理だ〟と決められなければ、ハードルが高くなっているのかもしれない。
「俺、天野さんから貰えるかなぁ」
「……どうやろな。義理やったら貰えるかもしれんで」
一年前、楓花はきちんと校則を守っていたけれど、最近はそうでもなくなって校則をうまく潜り抜けているように聞いた。晴大がバレンタインに何か貰える可能性は低いけれど、クラスメイトには何か考えているのかもしれない。
「義理かぁ。あ、そうや渡利、おまえ去年、俺の家に全部置いて帰ったやろ。あれ食べんの大変やってんからな」
「そんなことあったな。全部食べたん?」
「家族に助けてもらって食べたわ。しばらくチョコいらんって言われた」
「はは!」
「笑い事ちゃうぞ」
丈志が少しだけ怒っている隣で晴大は笑い続けた。何個もらったかは覚えていないけれど鞄はゴツゴツ膨らんでいたし、丈志の部屋で積み上げると山のようだった。もしも晴大が自分で持って帰っていたらと思うと、ゾッとしてしまった。楓花からなら喜んで全て食べるけれど、それにしても量が多すぎる。
一ヶ月後、晴大がバレンタインに貰ったチョコレートの数は予想通り去年よりも減っていた。それでも、晴大がふった女子生徒と関係がない何人かは〝義理だ〟と言いながら持ってきてくれたので、また晴大の鞄は膨らんでしまった。そのまま持って帰るのも嫌だったので、クラブのメンバーで貰えなかった人を中心に着替えながら配った。
「渡利……この中におまえの本命ないん?」
「ない」
「即答かよ」
晴大は帰りのホームルームが終ってしばらく教室で待機していたけれど、楓花が現れる気配はなかった。丈志は偶然を装って教室まで行くと、舞衣から義理を貰えたらしい。ダメ元で楓花にねだってみると、あめ玉を一つ貰ったと聞いた。
「おまえ誰が好きなん?」
「……誰でも良いやろ」
「良くないわ、だってさぁ、もし俺の好きな子と被ってたら、確実に俺が負けるやん」
「……誰なん?」
「え……天野さん……放送部の」
「あー……なるほど……まぁ、可愛いほうやな。俺とは被ってないけど、丈志がフラれてたな」
楓花ではなかったことに晴大は安心したけれど、舞衣の友人なので話題を変えられたくなくて急いで体育館に逃げた。
準備運動をしていると、隣のコートに悠成の姿があった。晴大は引き続き体を慣らしながら、悠成が楓花のことを話し始めるのを待った。
『矢嶋、長瀬さんから貰えたん?』
『貰ったけどチョコちゃうし、周りのみんなに配ってたから絶対に義理やな』
『何貰ったん?』
『あめ。一個』
悲しそうに言う悠成に、聞いた男子生徒は吹き出していた。
『あめ、しかも一個……。誰かにチョコあげてたん?』
『いやぁ……ずっと教室におったし、移動のときも教科書とかしか持ってなかったし、ホームルーム終わってから天野さんとすぐ帰ったで』
楓花は本当に、本命相手にバレンタインに渡すつもりは全くないらしい。もしも晴大がクラブに顔を出さずに帰っていたら楓花に会ってあめ玉を貰えたかもしれないけれど、晴大が一番ほしいのは本命のチョコレートだ。楓花が何も渡していない相手に晴大は含まれているけれど──、楓花とは長らく顔を合わせていないので反応を見るのが恐い。
「長瀬さんて、誰が好きなんやろな」
晴大が悠成のほうを見ていると、佳雄がやって来た。
「さぁ……」
「矢嶋がフラれたんやろ? おまえのことも興味なさそうやし……もしかして俺?」
佳雄は半分冗談で笑い、晴大も笑いながら話題に乗ることにした。
「去年、同じクラスやったって言ってたよな?」
「うん。良い子やしなぁ。あ、でも女子たちで話してるの何回か聞いたけど、渡利のこと話しながら盛り上がってたけどな」
「……そんなやつ多いんやろ?」
楓花は周りに合わせて晴大の話題で盛り上がる、と以前に話していた。
「え、やっぱ長瀬さんて、おまえが好きなん?」
そうであって欲しいけれど、関係を知られたくはなかった。
「──知るか」
「どうしよ、渡利と俺、どっちも長瀬さんから貰ってないし」
「おまえ、仲良かったん?」
「どうやろ……たまに話したくらい」
「でも、俺よりは知ってるやろ?」
と言いながら、晴大は楓花にリコーダーを教えてもらった時間があるので、楓花のことを少しは理解しているつもりだった。音楽に詳しくて、教えるのが上手くて、関係のない話をしているときも表情がやさしかった。他の女子生徒たちのように良く見られようとしたり緊張したりはせず、ありのままの姿でいつも接してくれた。同じように楓花も晴大のことを理解してくれていると、信じていたかった。
「そうやなぁ……渡利が長瀬さんと何か一緒になったことないもんな」
「そやで。放送部でピアノ上手い……くらいしか知らんで」
「長瀬さんは誘わんかったん?」
「うん……今日は、楓花ちゃんの誕生日プレゼント買いに来たから」
「へぇ……もうすぐなん? いつ?」
楓花の誕生日は一月の中旬で、成人の日の少しあとになることが多いらしい。
「何あげるん?」
「まだ決めてない、何が良いかなぁ……」
丈志は舞衣から告白を断られているけれど、舞衣は以前と変わらず友達として接してくれるらしい。
「長瀬さん……何が好きなんやろな。渡利、おまえどう思う?」
「え? 俺に聞かれても……」
晴大が思い浮かぶものは、音楽しかない。
「音符の絵描いてるやつとか? 何でも良いんちゃうん?」
「うーん……お店で見ながら考えるわ」
舞衣は笑いながら離れていき、近くにあった雑貨屋に入った。晴大も楓花に何かあげようか──と思ったけれど、楓花を呼び出す口実がない。偶然にどこかで会ったとしても、周りに誰かがいると非常に渡しにくい。
「矢嶋に教えたろっか? 長瀬さんの誕生日」
「矢嶋? ……フラれたんちゃうん?」
「でもさぁ、一応は仲良くしてるらしいやん?」
「ああ……知ってるかもしれんけどな」
楓花は丈志をふった舞衣のように、悠成とは相変わらず仲良くしているらしい。楓花より悠成のほうが優秀なようで、楓花が悠成に質問すると悠成は喜んでいる、とも噂で聞いた。
晴大と丈志は学校で使う文房具を適当に買ってから、ショッピングセンター内にあるファストフード店に行った。食事時ではないので飲み物とサイドメニューのスナックを注文し、トレイを持って窓際の席を取った。
「三学期ってさぁ、すぐテストよなぁ。あっ、そういえば渡利、バレンタイン……またいっぱい貰うんちゃうん?」
「さぁ……減るんちゃうか?」
晴大の人気は落ちていないけれど、キャーキャー騒ぐ女子生徒の数は少し減っていた。単に晴大に慣れたのかもしれないし、告白してきた数人を同じ理由で断っているので、渡したところで彼女にはなれない、と諦めた人が多い気がしていた。〝晴大には義理だ〟と決められなければ、ハードルが高くなっているのかもしれない。
「俺、天野さんから貰えるかなぁ」
「……どうやろな。義理やったら貰えるかもしれんで」
一年前、楓花はきちんと校則を守っていたけれど、最近はそうでもなくなって校則をうまく潜り抜けているように聞いた。晴大がバレンタインに何か貰える可能性は低いけれど、クラスメイトには何か考えているのかもしれない。
「義理かぁ。あ、そうや渡利、おまえ去年、俺の家に全部置いて帰ったやろ。あれ食べんの大変やってんからな」
「そんなことあったな。全部食べたん?」
「家族に助けてもらって食べたわ。しばらくチョコいらんって言われた」
「はは!」
「笑い事ちゃうぞ」
丈志が少しだけ怒っている隣で晴大は笑い続けた。何個もらったかは覚えていないけれど鞄はゴツゴツ膨らんでいたし、丈志の部屋で積み上げると山のようだった。もしも晴大が自分で持って帰っていたらと思うと、ゾッとしてしまった。楓花からなら喜んで全て食べるけれど、それにしても量が多すぎる。
一ヶ月後、晴大がバレンタインに貰ったチョコレートの数は予想通り去年よりも減っていた。それでも、晴大がふった女子生徒と関係がない何人かは〝義理だ〟と言いながら持ってきてくれたので、また晴大の鞄は膨らんでしまった。そのまま持って帰るのも嫌だったので、クラブのメンバーで貰えなかった人を中心に着替えながら配った。
「渡利……この中におまえの本命ないん?」
「ない」
「即答かよ」
晴大は帰りのホームルームが終ってしばらく教室で待機していたけれど、楓花が現れる気配はなかった。丈志は偶然を装って教室まで行くと、舞衣から義理を貰えたらしい。ダメ元で楓花にねだってみると、あめ玉を一つ貰ったと聞いた。
「おまえ誰が好きなん?」
「……誰でも良いやろ」
「良くないわ、だってさぁ、もし俺の好きな子と被ってたら、確実に俺が負けるやん」
「……誰なん?」
「え……天野さん……放送部の」
「あー……なるほど……まぁ、可愛いほうやな。俺とは被ってないけど、丈志がフラれてたな」
楓花ではなかったことに晴大は安心したけれど、舞衣の友人なので話題を変えられたくなくて急いで体育館に逃げた。
準備運動をしていると、隣のコートに悠成の姿があった。晴大は引き続き体を慣らしながら、悠成が楓花のことを話し始めるのを待った。
『矢嶋、長瀬さんから貰えたん?』
『貰ったけどチョコちゃうし、周りのみんなに配ってたから絶対に義理やな』
『何貰ったん?』
『あめ。一個』
悲しそうに言う悠成に、聞いた男子生徒は吹き出していた。
『あめ、しかも一個……。誰かにチョコあげてたん?』
『いやぁ……ずっと教室におったし、移動のときも教科書とかしか持ってなかったし、ホームルーム終わってから天野さんとすぐ帰ったで』
楓花は本当に、本命相手にバレンタインに渡すつもりは全くないらしい。もしも晴大がクラブに顔を出さずに帰っていたら楓花に会ってあめ玉を貰えたかもしれないけれど、晴大が一番ほしいのは本命のチョコレートだ。楓花が何も渡していない相手に晴大は含まれているけれど──、楓花とは長らく顔を合わせていないので反応を見るのが恐い。
「長瀬さんて、誰が好きなんやろな」
晴大が悠成のほうを見ていると、佳雄がやって来た。
「さぁ……」
「矢嶋がフラれたんやろ? おまえのことも興味なさそうやし……もしかして俺?」
佳雄は半分冗談で笑い、晴大も笑いながら話題に乗ることにした。
「去年、同じクラスやったって言ってたよな?」
「うん。良い子やしなぁ。あ、でも女子たちで話してるの何回か聞いたけど、渡利のこと話しながら盛り上がってたけどな」
「……そんなやつ多いんやろ?」
楓花は周りに合わせて晴大の話題で盛り上がる、と以前に話していた。
「え、やっぱ長瀬さんて、おまえが好きなん?」
そうであって欲しいけれど、関係を知られたくはなかった。
「──知るか」
「どうしよ、渡利と俺、どっちも長瀬さんから貰ってないし」
「おまえ、仲良かったん?」
「どうやろ……たまに話したくらい」
「でも、俺よりは知ってるやろ?」
と言いながら、晴大は楓花にリコーダーを教えてもらった時間があるので、楓花のことを少しは理解しているつもりだった。音楽に詳しくて、教えるのが上手くて、関係のない話をしているときも表情がやさしかった。他の女子生徒たちのように良く見られようとしたり緊張したりはせず、ありのままの姿でいつも接してくれた。同じように楓花も晴大のことを理解してくれていると、信じていたかった。
「そうやなぁ……渡利が長瀬さんと何か一緒になったことないもんな」
「そやで。放送部でピアノ上手い……くらいしか知らんで」



