楓花はクラスメイトの悠成と仲が良いらしい──。
 そんな噂がクラブ中、晴大の耳に入ってきた。悠成はバレーボール部の副キャプテンで、女子生徒たちから人気だと聞いたことがある。性格も成績も悪くないので、楓花は彼に惹かれたのだろうか。
『悠成おまえ、長瀬さんと付き合ってるん?』
 バスケットボール部の隣のコートで練習しているので、話し声はいつも聞こえていた。晴大は休憩中、佳雄と一緒に聞き耳を立てていた。
『えっ、ううん。ちゃうで』
『でもさぁ、前、一緒に帰ってたやん?』
『ああ……一回な』
 その日、楓花と悠成はクラスメイトに囃されて、悠成が帰りに楓花を誘ったらしい。楓花はいつも舞衣と帰っているけれど、舞衣は図書室に行くと言って学校に残った。
 悠成はキャンプのときは楓花のことを何とも思っていなかったけれど、囃されてから気になりだしたらしい。周りの男子生徒たちがしつこかったので、ほとんど勢いで楓花を誘った。楓花は嫌だとは言わず、舞衣に押されたのもあって戸惑いながら一緒に下校した。
『告ったんちゃうん?』
『違う違う。ほんまに帰っただけ』
『マジ? 何の話したん?』
『え……周りの奴らうるさかったな、とか……ああでも、長瀬さん、好きな人はいるらしいで』
『おまえちゃうん?』
『たぶん違うわ』
『えーっ……悠成ちゃうんや。……あっ、渡利、おまえちゃうん?』
「──え?」
 思わず変な声を出してしまった。
「おまえ学年で一番モテてるやん。悠成より人気なん、渡利くらいやろ?」
 晴大は自分の人気を正しく認識していた。言われたことは認めるけれど、声に出して言うとそれは嫌味になってしまう。何を言おうか考えていると、悠成が口を開いた。
「あ……渡利のこともちょっと話してたで。教室でも言ってたけど、そんなに気にしてない感じ」
「珍しいよな。ほとんどの女子、キャーキャー言ってんのに」
 楓花は相変わらず、晴大には特に興味がない、と言い続けているらしい。それが本心なのか聞きたいけれど確認のしようがないし、晴大は楓花が好きだ、と言ってしまうには問題が多い。同じクラスになったことはないし、丈志や佳雄と一緒のときに話した事実しか周りには言えない。
「あっ、渡利、いま〝長瀬さん狙お〟とか思ってるやろ?」
「いや、なんでやねん」
 本当に、そんなことを思ってはいない。楓花のことは──既に(・・)狙っている。
「渡利──おまえさぁ、失恋したって言ってたの、長瀬さん?」
「んなわけないやろ。あんまり知らんし」
 晴大は楓花に失恋した、と認めたくなかった。楓花から直接言われるまでは、認めないつもりだった。丈志には失恋したと言ったけれど、それが楓花だとは言っていない。
 晴大が楓花のことをあまり知らないのは事実で、リコーダー以外で話したのは数えるほどしかない。同じクラスならともかく、少し会っただけで好きになるのはおかしいし、一目惚れしてしまうような外見でもない。
「そうか……えっ、じゃあ、長瀬さんて誰が好きなんやろ? 悠成、長瀬さん何か言ってた?」
「教えてくれへんで、たぶん。話したことあるとは言ってたけど告白するつもりはないみたいやし」
「じゃあ悠成、おまえで良いやん」
 バレーボール部の召集がかかったので二人は戻っていき、晴大は佳雄との会話に戻った。近々予定されている試合や勉強のことを話しているけれど、楓花のことが気になってそれどころではなかった。
 楓花が晴大のことを好きだという保証は今のところない。
 もしも、本当に興味がなかった場合──楓花が誰を好きなのか情報がほしい。楓花はクラスメイト以外の男子生徒とはあまり話さないので、晴大と会っていたときは音楽だけを楽しんでいたことになる。いま悠成と仲が良いのも、彼に惹かれているからだと思うしかない。
 もしも、本当は晴大のことが好きだった場合──楓花とは両片想いをしていることになる。晴大と会っていたときは音楽と、会うこと自体を楽しんでいたのかもしれない。悠成と仲良くしているのは少しでも惹かれているからか、あるいは晴大とのことを隠すための演技なのだろうか。
 できれば後者であってほしかったし、楓花に好かれていると信じたかった。楓花が晴大の〝秘密〟を守ってくれているように、晴大も楓花の希望通りに〝接点がない設定〟を貫いていた。同じようなことをして関係はないように見せかけ、外で偶然会った時に他に誰もいなければ真剣に話をしようか──と思ったけれど、そんなチャンスは巡って来なかった。
「渡利、どうしたん? テスト悪かったん?」
 晴大はまた、教室でひとり難しい顔をして頬杖をついてしまっていた。
「いや?」
 中間テストが終わった後で、授業に戻ってさっそく、一つだけ返却された。満点ではなかったけれど、落ち込むような悪い成績ではない。話しかけてきた丈志は平均点ギリギリだったようで、進路に影響したらどうしよう、と一人で嘆いていた。
「あっ、分かった、寂しいんちゃうん? キャンプ終わってから誰も告白してけぇへんから」
「……それは別にどうでも良いわ」
 当たっていなくもないけれど、楓花の名前を会話に出したくない。
「俺さぁ、前に天野さんの話したやん?」
「天野さんの話? なに? 天野さんて誰やったっけ?」
「あの、去年よく話した、同じクラスやった奴」
「ああ……」
「やっぱ気になってさぁ、告ったんやけど……フラれた」
「──マジかよ」
 舞衣や楓花とは違う声が放送で聞こえた昼休み、丈志は教室まで行って舞衣を呼んだらしい。クラスメイトほとんどに注目される中で告白すると、舞衣はしばらく考えてから『ごめん……』と言った。
『舞衣ちゃん、あれやもんなぁ……』
 野次馬の中から楓花が出てきた。
『あれって……? あ──渡利?』
『今は、誰とも付き合うつもり無いし……波野君のこと、嫌いではないで?』
 舞衣は謝りながら、何年か後には答えが変わっているかもしれない、と言って丈志を慰めた。何年か後に丈志が再挑戦するかは分からないけれど、しばらくは友達で、と約束したらしい。
「それは良いんやけどさぁ、俺が離れたあと、また何か騒いでてな」
「……天野さんが?」
「何かと思って戻ったら、今度は長瀬さんが告白されてた」
「もしかして──矢嶋?」
「あれ、おまえ知ってたん?」
「いや……クラブでそんな話してたから」
 悠成は楓花のことを好きになってしまったようで、いつ告白しようか、と体育館で話していた。晴大は止めたかったけれど、何も言い出せなかった。
「それで、どうなったん?」
「長瀬さんてさぁ……格好良い男子、嫌いなんかな?」
「……そんな奴おるか?」
「だって、矢嶋に断っててんで? おまえのことも興味なさそうやし」
 楓花も断ったと聞いて、晴大はものすごく安心していた。
「あっ、渡利、いま笑ったやろ?」
「別に……」
「そうやっ、今度おまえ長瀬さんに告白してみて」
「……はぁ? おかしいやろ」
 本音を言うと晴大は楓花に告白したかったけれど、絶対に楓花が嫌がるので人前ではしたくなかった。楓花が周りと同じように晴大に憧れがあったとしても、晴大が楓花を好きになる理由がない。
「じゃあ、おまえは誰が好きなん? そろそろ教えろよ」
「……付き合ったらな」