孤独な公女~私は死んだことにしてください

 東棟には多くの使用人達が廊下を行き来していた。

彼らはポルトスに丁寧に挨拶し、次に喪服を着たサフィニアを興味深い目で見つめてくる。
サフィニアは自分に向けられる視線から逃れるように、俯いて歩いていると不意に女性の声が聞こえてきた。

「こんにちは、ポルトス様。使用人の宿舎にいらっしゃるなんて珍しいですね。どうかなさったのですか?」

その声に顔を上げると、ポルトスの向かい側にメイド服姿の女性の姿があった。茶色い髪を結い上げた女性はサフィニアの母、ローズよりも年上に見える。

「これは、丁度良かった。クララ、今日から新人メイドを連れてきたのだ。よろしく頼むよ」

ポルトスは脇にずれると、サフィニアの姿が現れた。

「新人メイドって……え? まさか、後ろにいる女の子がですか!?」

「ああ、そうだよ。サフィニア、挨拶をしなさい」

ポルトスは素早く、サフィニアに目配せする。そこで先程教えて貰った通り、同じ挨拶をすることにした。

「はじめまして、サフィニアと申します」

そしてペコリと頭を下げた。

「あら、可愛い女の子ね。何歳なのかしら?」

笑顔で尋ねるクララ。

「6歳……です」

「え!? 6歳! ポルトス様、そんなに小さい子をメイドにするのですか!? ここで働く子供は、最低でも10歳からですよ?」

クララは驚きの表情でポルトスを見た。

「そうなのだが……この少女は訳ありでな……喪服を着ているのが分かるだろう?」

ポルトスはサフィニアを見おろす。

「そうですね……確かにこの子は喪服を着ていますね。あ……まさか……」

クララの顔が曇る。

「そうなのだよ。サフィニアは病弱な母親と2人暮らしだったのだが、つい先日母を亡くしてしまい、今日がお葬式だったのだ。サフィニアは私の知り合いの娘でな、ここへ連れてきてメイドとして働く代わりに、衣食住を保証してあげようと思ったのだ」

ポルトスは嘘と真実を織り交ぜて、クララに説明した。
事情を知るメイド長と、ついでに御者も解雇してあるのでサフィニアのことを知るのは、エストマン公爵家族しかいない。

(あの方達は、サフィニア様の存在を無視しようとしている……恐らく、これくらいの嘘をついてもバレることは無いだろう)

それに、もしバレたとしても構わないとポルトスは考えていた。先々代から務めているポルトスはエストマン家の内情を全て把握している。
彼がいなくなれば、困るのは公爵なのだ。ポルトスそれほどまでに高い地位にいる使用人だったのだ。

ポルトスの話を聞いたクララの顔に同情の表情が宿る。

「まぁ……それは可哀想に……だったら、ここで暮らしていくしか無いわね」

「クララ、君は寮長だ。どうか、サフィニアのことをよろしく頼む。まだ6歳なので、簡単な仕事から覚えさせるようにしてやってくれ」

「はい、分かりました。その様にいたします」

クララはポルトスの言葉に会釈する。

「だが君は寮長で何かと忙しいだろう。サフィニアの教育係に、私の孫を付けようと思っている」

「え? セザールをですか?」

「ああ。あの子はサフィニアと年も近いし、10歳の時から執事になる為の教育も受けている。ついでにこの子に行儀見習いもさせてみようと思うのだ。何よりサフィニアはまだ6歳だから、大人よりも子供に教えて貰う方が良いだろう」

「そうですね……確かにセザールなら、申し分ないでしょう。分かりました、セザールに女子寮の出入りを許可いたします」

そんな大人たちの会話のやりとりを、サフィニアはボンヤリ聞いていた。
ただ分かることは、自分は今日からここでメイドとして働いて暮らすということだった。

「クララ、空いている部屋はあるか?」

「はい。ちょうど、303号室の部屋が空いております」

「そうか、ならその部屋にサフィニアを案内してやってくれ。私はセザールに声をかけてくる。またな、サフィニア」

ポルトスはサフィニアに笑顔を向けた。

「はい」

サフィニアが返事をすると、ポルトスは笑みを浮かべて去って行った。
その後姿を見つめているとクララが声をかけてきた。

「サフィニア、部屋へ案内するからいらっしゃい」

「はい」

サフィニアはクララに連れられて、自分の新しく暮らす部屋へ向かった——