孤独な公女~私は死んだことにしてください

 その怒声は、書棚のガラスがガタガタと揺れる程だった。

今迄母のローズと2人きりで静かな離宮に暮していたサフィニアにとって、エストマン公爵の怒声は恐ろしいものだった。
サフィニアは恐怖で震えているのに、婦人は言い返した。

「何よ! あなたは怒鳴れば済むとでも思っているの!?」

「黙るのだ! バーバラッ!」

エストマンは妻であるバーバラを一喝した。

「子供たちもよく聞け! サフィニアの母、ローズは死んだのだ! もはやサフィニアを世話する者は離宮にはいない! わざわざサフィニア1人の為に、余分に使用人を割くわけにはいかぬ! なので今日からここで一緒に暮すのだ。これはもう決定事項で決して覆すことなどない! 分かったか!」

「くっ……た、確かに貴方の言う通りね。たかが下級メイドの娘ごときに使用人を何人も置くわけにはいかないし……」

バーバラは悔しそうに唇を嚙みしめる。

「ええっ!? それでも私は嫌よ! 泥棒猫と同じ屋敷に住むなんて冗談じゃないわ! あんな子は教会にでも、やってしまえばいいでしょう!」

自分よりも美しい顔立ちのサフィニアが憎らしくてたまらないセイラは敵対心を露わにする。

「だからさぁ、どうせセイラにはあのワンピースを着ることは無理だって言ってるだろう? まぁ別に俺は一緒に暮しても構わないけどね。相手をするつもりもないし」

面倒くさそうにラファエルが言う。そして一番下の弟は、うつらうつらしている。

全員の話を聞いて、サフィニアは顔が青ざめた。

(私……この人たちにとって、邪魔なんだ……)

母を亡くし、まして葬儀の真っ最中に無理やり連れて来られたサフィニア。
挙句に、自分が誰からも歓迎されていないと言う事実はまだ6歳の少女を絶望させるには十分だった。

「……っ!」

今にも泣きたい気持ちを必死で堪えるサフィニア。

(絶対、泣いたら駄目……! 神父さんと約束したもの。それにママが神様の元へいけなくなっちゃう……)

小さく肩を震わせて、泣くのをこらえているのがポルトスに伝わった。
その姿が哀れでならず、ついにポルトスは口を開いた。

「それでは旦那様。サフィニア様はどちらのお部屋に御案内すればよろしいでしょうか?」

すると真っ先にセイラが反応した。

「絶対に私と同じ階にするのは駄目だからね!」

「そうよ。私達と同等の立場だと思わせるわけにはいかないもの」

バーバラも娘の意見に同意する一方、ラファエルは興味無さそうにしている。

「そうだな。それでは東棟に空き部屋があるだろう。そこに連れて行け」

東棟という言葉に、ポルトスはピクリと眉を動かすも返事をした。

「東棟ね……それなら、別に文句ないわ」
「私もよ」

バーバラとセイラは満足そうに頷く。

「かしこまりました。では、私がサフィニア様をお連れいたします。それでは失礼いたします。サフィニア様、参りましょうか?」

「は、はい……」

ポルトスは会釈してサフィニアを連れて行こうとした時。

「お待ちなさい、ポルトス」

強い口調で、バーバラが呼び止めた。

「はい、何でしょうか? 奥様」

「お前はこの屋敷の筆頭執事でしょう? そのようなことはメイドに任せれば良いのでは無いの? メイド長のハンナに言いつけなさい」

メイド長という言葉を聞いて、サフィニアの顔が青ざめる。

「ハンナは、もうこの屋敷のメイドではありません。今頃はもう、屋敷を出ているはずです」

「何ですって!? どういうことなの!」

ハンナを気に入っていたバーバラの眉が吊り上がる。

「あの者は、自分の特権を利用して様々な悪事を働いて来たからです。奥様が目にかけていたメイドだったので今迄多めに見ておりましたが、彼女のせいで辞めていくメイドが後を絶たなかったので、本日解任いたしました」

「お、お前……たかが筆頭執事の分際で、何て身勝手な真似を!」

バーバラの怒りが今度はポルトスに向けられ、サフィニアは気が気では無かった。

(どうしよう……ポルトスさん、私の為に嘘をついてくれているのに……)

その時。

「バーバラ! いい加減にしろ! ポルトスは祖父の代から、この屋敷に務める信頼のおける執事だ。使用人のことはポルトスに任せている。お前は余計な口出しをするな! では、サフィニアはお前に任せる。もう行って良いぞ」

「あなた!!」

バーバラは青筋を立てて怒鳴るも、エストマン公爵は返事すらしない。
実はエストマン公爵は、以前から自分の行動を逐一妻に報告するハンナを嫌っていた。今回、ポルトスによってクビにされたことは自分にとって都合が良かったのだ。

「ありがとうございます。旦那様、では失礼いたします」

こうしてサフィニアはポルトスによって、部屋の外へと連れ出された——