孤独な公女~私は死んだことにしてください

目の前の扉が開かれると、サフィニアの前に広々とした部屋に集まる人々の姿が目に飛び込んできた。

大きな書斎机に向かって座る、スーツ姿の男性。
机の前にはソファが向かい合わせに置かれ、ドレス姿の女性と幼い少年が座っている。
反対側のソファには少年と少女が座り、全員がこちらをじっと見つめている。
彼らは非難めいた視線をこちらに向け、サフィニアは一瞬で悟ってしまった。

(あの目……メイド長さんと同じ目だ……私、この人たちに嫌われているんだ……)

思わず足がすくむサフィニア。
ポルトスはサフィニアが怯えていることに気付き、さりげなく背後に回ると会釈した。

「旦那様、サフィニア様をお連れいたしました」

「その子がローズの産んだ子か……なるほど、髪の色は確かにローズと同じだな」

ダークブラウンの髪色のエストマン公爵はサフィニアをじっと見つめる。

「……」

サフィニアはその視線が怖くて、一歩も動けない。
すると赤毛の女性が口を開いた。

「まぁ! あの子供はろくに挨拶も出来ないのかしら? さすがは卑しいメイドの娘ね」

そしてジロリと睨みつけてくる。

「あ、あの……」

ビクリとサフィニアの身体が跳ねる。するとポルトスが小声で言った。

「サフィニア様、先程練習した挨拶を今、してみましょう」

その言葉に勇気づけられ、サフィニアはコクリと頷いた。

(そうだった……私がちゃんと挨拶出来ないと、ポルトスさんが怒られちゃう!)

「初めまして、サフィニアと申します」

サフィニアは練習通りに挨拶し、お辞儀した。

「な~んだ。喋れるのか。てっきり口がきけないのかと思ったよ」

赤毛の少年が肩をすくめた。一方赤毛の少女は先ほどから刺すような視線をサフィニアに向けていたが……。

「あ! どこかで見たことあると思ったら……あの黒のワンピース、私のじゃないの! この泥棒!」

少女はサフィニアを指さし、ヒステリックに叫んだ。

「落ち着きなさい、セイラ。あの喪服は、もう小さくなって着れなくなった物だ。だからサフィニアに渡したのだよ」

エストマン公爵は宥めるように言うも、セイラと呼ばれた少女は引こうとはしない。

「それだってイヤよ! いくら着れなくなっても、あのワンピースは私の物よ! この泥棒が!」

(ち、違う……私、泥棒なんかじゃない……)

サフィニアはガタガタ震えながらセイラを見つめる。今着ているワンピースは、今朝葬儀の迎えに来た神父から手渡された物だったのだ。
サイズが合わないかもしれないが、これを着て葬儀に参加する様に言われたのだ。

「そうよ! 全く母子揃って泥棒するなんて本当に血は争えないわね!」

「別にいいじゃないか。どうせ、セイラには小さくなって着れなくなったワンピースだろう?」

先程の赤毛の少年が口を挟んできた。

「うるさいわね! ラファエル! どうせ私は太っているわよ! あんた迄そうやって私を馬鹿にするのね!」

自分が小太りなのを自覚しているセイラは、再び憎々し気にサフィニアを睨みつけた。
実はサフィニアがこの部屋に現れた時から、見事な銀の髪に細い身体を見て激しく嫉妬していたのだった。

「ふわぁああ……」

唯一サフィニアに敵意をぶつけてこない、幼い少年は眠そうに欠伸をしている。

「あなた! あんな子供とこの屋敷で一緒に暮すなんて冗談じゃないわ! 離宮に戻してちょうだいよ!」

女性がヒステリックにエストマン公爵に訴える。

「私だって、ワンピースを盗んだ泥棒と一緒に住むなんて嫌よ!」

「どうせ着れないくせに……ま、僕は別にどうでもいいけどね」

「お母様……眠いよぉ……」

夫人と子供達が大騒ぎしている有様を、サフィニアは震えながら見ているしか出来なかった。
またポルトスも黙って様子を伺っているが……サフィニアを安心させる為、肩に手を置いている。

すると……。

「お前たち! いい加減にしないか!」

ついにエストマン公爵が一喝した――